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江戸の粋と自然への眼差し:旗本・水野忠暁が遺した『草木錦葉集』の魅力
私たちは、植物のどこに美を見出すのでしょうか?均整の取れた完璧な姿でしょうか、それとも予期せぬ変化の中に、より深い魅力を感じるのでしょうか?日本の花卉/園芸文化は、単なる趣味の領域を超え、豊かな歴史と奥深い精神性を内包しています。特に江戸時代は、将軍から庶民に至るまで、あらゆる階層の人々が草花を愛で、その多様性を追求する園芸文化が隆盛を極めた時代でした。この時代には、単に美しい花を鑑賞するだけでなく、個性的な品種や、変わった色、形、そして「斑(ふ)」と呼ばれる模様を持つ植物に特別な価値を見出す、独自の美意識が育まれました。
2024年5月23日


花開く百の麗姿:永斎筆『花菖蒲図譜』が誘う、江戸園芸文化の深奥
初夏の水辺に、凛として咲き誇る花菖蒲。その優美な姿は、古くから多くの日本人を魅了し、詩歌や絵画の題材となってきました。しかし、この花の背後には、単なる美しさだけではない、日本の豊かな文化と精神性が息づいていることをご存知でしょうか。
本記事では、永斎筆『花菖蒲図譜』を紐解きながら、日本の花卉/園芸文化が育んできた美意識と、花菖蒲に込められた深い意味を探求します。この図譜は、作者や制作時期に多くの謎を秘めながらも、その作者が江戸時代後期の著名な本草学者・画家である坂本浩雪(永斎)である可能性が指摘されており、私たちに江戸時代の園芸文化の熱気と、花を愛する人々の情熱を鮮やかに伝えてくれます
2024年5月12日


江戸の知と美の結晶:本草書『花彙』が織りなす日本の花卉/園芸文化
『花彙』は、宝暦9年(1759)から明和2年(1765)にかけて京都の文昌閣から刊行された、全8巻からなる大規模な植物図集です。草編4巻、木編4巻で構成され、当時の日本で知られていた多種多様な植物が網羅されています。
2024年5月5日


江戸の知の宝庫:中村惕斎が編纂した『訓蒙図彙』が拓く、日本の植物文化の深淵
もし、江戸時代の人々が、現代の私たちと同じように、身の回りのあらゆるものを図鑑で学び、知識を深めていたとしたら、あなたは驚かれるでしょうか?当時の人々が、自然の神秘から日用品の機能、さらには遠い国の風俗まで、あらゆる事象を体系的に理解しようと努めていたとすれば、その知的好奇心の深さに心を揺さぶられるかもしれません。今回ご紹介する『訓蒙図彙(きんもうずい)』は、まさにそのような江戸の人々の知への渇望に応え、文化の発展に大きく貢献した稀有な書物です。単なる図鑑の枠を超え、当時の人々の自然への敬意や知的な探求心、そして日本の花卉・園芸文化の発展にどのように寄与したのか、その深淵を紐解いていきましょう。
2024年5月5日


『花菖蒲図譜』に息づく日本の美意識:近代植物学と伝統園芸文化の融合
『花菖蒲図譜』は、明治時代から大正時代にかけて、日本の花菖蒲の多様な品種を精緻な植物画と詳細な解説で記録した、学術的かつ芸術的価値の高い図譜です。この図譜は、単に花菖蒲の姿を写し取ったものではありません。各品種の形態的特徴、色彩、斑の入り方、草丈、開花時期といった詳細な情報が、植物学的な正確さをもって描かれ、記述されています。これは、失われゆく花菖蒲の品種を後世に伝えるための貴重な資料として編纂されたものです。
2024年5月4日


明治31年刊行 芍薬の名品図譜:『芍薬花譜』
『芍薬花譜』は、明治31年(1898)に刊行された、芍薬の多様な品種を精緻な彩色木版画で描いた貴重な植物図譜です。この図譜は、当時の人々の芍薬に対する高い関心と、明治期における園芸技術の発展を示す資料として、単なる植物学的な記録に留まらず、芸術作品としても高く評価されています。
2024年5月3日


三代歌川豊国と初代歌川広重による合作の役者絵:当盛六花撰
「当盛六花撰」は、安政元年(1854)に版元・錦昇堂から出版された、全六図からなる浮世絵のシリーズです。この作品の最大の特徴は、歌舞伎役者の姿を専門とする三代歌川豊国が人物を描き、風景画の大家である初代歌川広重が背景の花々を描くという、二人の巨匠による「合作」である点にあります。
2024年4月28日


花鳥画に息づく日本の心:幸野楳嶺が描いた自然への讃歌と花卉/園芸文化の美
幸野楳嶺は、天保13年(1842)に京都の商家の息子として生を受けました。幼い頃から絵画に才能を示し、京都画壇の伝統的な四条派の画家である中島来章に師事し、後に山水画の大家である塩川文麟からも学びました。この京都の伝統的な絵画の素養が、彼の芸術の基盤を形成しました。
2024年4月17日


現在のクローバーの渡来事情と和名シロツメクサ(白詰草)の由来の記述:竹園草木図譜
『竹園草木図譜』は、江戸時代後期の幕臣であった貴志忠美によって著された、肉筆による植物図譜です。この図譜には、忠美自身が直接観察し、写生した植物が、その形態、特徴、名称などと共に詳細に記録されています。これは、単に既存の文献を編纂したものではなく、著者自身の経験的知識と観察眼に基づいた一次資料としての性格を強く有していることを示唆しています。
2024年4月16日


花と知の探求:幕末の博物学者、貴志忠美が描いた「本草寫生」の世界
本草寫生には、当時珍しかった植物の観察記録が含まれています。特に注目すべき点は、オクラの栽培に関する記述です。写生帳には「安政元年(1854年)に江戸から送られてきた魯西亜豆(おろしやまめ)を蒔いたら、トロロアオイに似た花が咲き、トウガラシのような実が成った」という記録があります
2024年4月16日


江戸琳派の粋と自然への眼差し:酒井抱一が遺した『鶯邨畫譜』の魅力
『鶯邨畫譜』は、酒井抱一が自ら手掛け、生前に唯一刊行した自身の絵手本、すなわち画譜です。書名の「鶯邨(おうそん)」は、抱一が49歳で移り住んだ根岸が鶯で有名だったことに由来する彼の俳号であり、晩年の抱一の自然への親しみを象徴しています。
2024年4月16日


日本の美意識を纏う:芸艸堂が紡いだ着物デザイン集『彩美』
『彩美』は、大正7年(1918)から大正9年(1920)にかけて、京都の老舗美術書出版社である芸艸堂から刊行された着物のデザイン図版集です。その名の通り、「彩美」とは日本語で「美しい色彩」を意味します。この名称は、図版集に収録されたデザインが持つ色鮮やかさ、洗練された美しさ、豊かな表情、そして造形的な美しさを象徴しています。
2024年4月16日


日本の園芸美学の精髄:小沢圭次郎が描いた『園籬圖譜』の世界
庭園に宿る、無限の宇宙を感じたことはありますか? 一輪の花に、移ろいゆく季節の詩を読み解く。日本人が育んできた、そんな繊細な感性の源流に触れてみませんか? 日本の花卉・園芸文化の奥深さを探る旅は、単なる植物の知識を超え、自然との共生、そして移ろいゆく美を慈しむ日本の精神性に触れるものです。この豊かな文化の核心を理解する鍵となるのが、幕末から明治にかけて活躍した小沢圭次郎が遺した傑作『園籬圖譜』です。この画譜は、単なる植物の記録に留まらず、当時の園芸文化の精髄と、そこに込められた深遠な哲学を現代に伝える貴重な遺産であり、日本の花卉/園芸文化を深く理解するための道標となるでしょう。
2024年4月15日


『万葉集』に息づく植物の魂:鹿持雅澄『万葉集品物図絵』が誘う古の園芸世界
本記事では、江戸時代後期に生きた一人の国学者、鹿持雅澄(かもち まさずみ)が、その深い学識と情熱を注ぎ込んで生み出した稀有な画譜、『万葉集品物図絵(まんようしゅうひんぶつずえ)』に焦点を当てます。この画譜は、単なる植物図鑑を超え、『万葉集』の世界を視覚的に、そして精神的に深く理解するための画期的な試みでした。雅澄の視点を通して、いにしえの人々が愛でた植物の姿と、そこに込められた日本の花卉・園芸文化の真髄を探求し、現代に生きる私たちへと繋がるその魅力を紐解いていきます。
2024年4月15日


艸花絵前集 - 江戸前期の園芸文化を彩る草花図譜
元禄12年(1699)に出版された『艸花絵前集』(草花絵前集とも記されます)は、江戸時代前期の園芸文化を象徴する重要な草花図譜です。本書は、草花の絵を中心とし、その余白に花の色や開花時期などの解説を付したもので、視覚的な美しさと実用的な情報を兼ね備えています。この図譜が刊行された元禄年間(1688~1704)は、町人文化が爛熟期を迎え、園芸を含む多様な文化芸術が隆盛を極めた時代でした。このような時代背景のもと、『艸花絵前集』は、園芸を愛好する人々の間で広く受け入れられたと考えられます。
2024年4月14日


幕末期渡来植物の図譜:新渡花葉圖譜
本書は国立国会図書館に収蔵されているもので、1914年に伊藤圭介(幕末から明治期の本草学者・蘭学者・博物学者・医学者日本初の理学博士)の孫・伊藤篤太郎が母の小春(圭介の五女)に転写してもらった写本です。
2024年4月13日


飢饉を乗り越えた知恵の結晶:建部清庵と『備荒草木図』
日本の文化に深く根ざす花卉や園芸は、単なる美の追求に留まりません。そこには、自然への敬意、生命への慈しみ、そして困難を乗り越えるための知恵が息づいています。この奥深い精神性は、日本の花卉・園芸文化の核心を成すものです。今回は、江戸時代に一関藩の藩医であった建部清庵が編纂した『備荒草木図』という一冊の書物を通して、その知られざる叡智に触れていきます。飢饉という極限状況下で、人々がいかに植物と向き合い、生き抜く知恵を見出したのか。この古書が現代に伝えるメッセージとは何か、その魅力を探る旅に出かけましょう。
『備荒草木図』は、直接的に観賞用の花卉や園芸技術を解説するものではありませんが、その根底には、自然の恵みを最大限に活かし、生命を尊び、困難を乗り越えようとする、日本文化に共通する普遍的な価値観が流れています。この書物が示すのは、単なる歴史的事実を超え、現代の私たちにも通じる、自然との共生と持続可能な暮らしへの示唆です。
2024年4月5日


浮世絵師・北尾重政の花鳥写真図彙
北尾重政(1739-1820)は、江戸時代中期に活躍した浮世絵師であり、紅摺絵から錦絵へと移行する浮世絵版画の変革期において中心的な役割を果たした人物の一人です。その洗練された美意識、緻密な描線、そして特に絵本分野における顕著な業績は高く評価されています。同時代の文化人であった大田南畝は、重政を「近年の名人なり。重政没してより浮世絵の風鄙しくなりたり」と絶賛しており、これは重政が当代においていかに高く評価されていたか、そして彼の死が浮世絵界の一つの質の転換点と見なされたことを示唆しています。この南畝の言葉は、重政が単に多作な絵師であっただけでなく、浮世絵における品格と技術の水準を体現する存在と認識されていたことを物語っています。
2024年4月5日


汐入りの庭:江風山月樓から浴恩園へ
松平定信は、江戸時代後期の政治において、「寛政の改革」を主導したことで知られる卓越した経世家でした。徳川八代将軍吉宗の孫という血筋を引き 、老中首座として幕政を担ったその手腕は、厳格な改革者のイメージを伴うことが多いです。しかし、定信の人物像はそれだけに留まりません。彼はまた、文学、美術、そして作庭といった分野にも深い造詣と情熱を注いだ文化人でもありました 。江戸時代の大名にとって、庭園の造営は単なる慰楽のためだけでなく、政治的駆け引きの場、洗練された文化の誇示、そして個人的な美意識の表現の手段でもありました。定信の作庭活動は、こうした時代背景の中で、彼の多面的な個性を映し出す鏡であったと言えるでしょう。
2024年3月24日


江戸桜、紙上に永遠の春を刻む:『古今要覧稿』の桜図譜
江戸時代後期に活躍した国学者、屋代弘賢(1758~1841)は、近世日本の知の集積と編纂事業に多大な貢献を果たした人物です。江戸に生まれた弘賢は、塙保己一に国学を、山本北山に儒学を、冷泉為村に和歌を学ぶなど、広範な学問分野に精通していました。その学識は幕府にも認められ、書役から右筆へと昇進し、最終的には奥右筆格旗本として幕政の中枢にも関与しました。
2024年3月8日


「生写四十八鷹」が誘う、江戸の花鳥世界:写実と象徴が織りなす自然への敬意
「生写四十八鷹」は、安政6年(1859)に制作・出版された、江戸時代末期における浮世絵木版画の注目すべき揃物です。この時期は、ペリー来航(嘉永6年(1853))に始まる開国とそれに伴う政治的混乱、そして明治維新へと向かう動乱の幕開けにあたり、日本社会が大きな変革期を迎えていました。
2024年3月8日


色彩の記憶、紙上に咲く江戸の桜草:坂本浩然のまなざし/桜草寫真(躑躅譜、桜花譜含む)
坂本浩然(1800~1853)は、江戸時代後期に活躍した傑出した人物であり、医師(紀州藩医)としての務めを果たす傍ら、本草学者としても深い知識を有していました 。浩然は特に植物画家として名高く、植物や菌類を精密かつ美的に描いた図譜、画譜、画帖を数多く残したことで知られています。これらの作品は、単に博物学史上の貴重な史料としてだけでなく、日本美術史における花鳥画としても高く評価されています。
2024年3月2日


松林図屏風:日本の美術史上最高峰の水墨画
東京国立博物館所蔵長谷川等伯筆「松林図屏風」は、日本の美術史上、水墨画の最高傑作の一つとして広く認識されている国宝です。安土桃山時代、16世紀に制作されましたこの六曲一双の屏風は、絵師・長谷川等伯の代表作であり、日本の絵画における画期的な作品として高く評価されています。その静謐でありながら力強い表現は、観る者を魅了し続けてきました。
2024年3月2日


梅の歴史と文化:錦絵観梅
春の訪れを告げる花として、日本では古くから桜と梅が愛されてきました。現代では桜の花見が主流となっていますが、かつては梅の花を鑑賞する「梅見」が花見の主役でした。梅は桜よりも一足早く開花し 、その凛とした姿と芳醇な香りは、人々に春の息吹を感じさせ、心を和ませてくれます。
2024年3月2日
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