日本の園芸界に大きな足跡を残した園芸家・石井勇義。その業績の中でも、特に注目すべきは彼が企画した「日本産ツバキの図」です。椿は、古くから日本人に愛されてきた花であり、その歴史は「日本書紀」にまで遡ります。景行天皇が土蜘蛛討伐の際に椿製の道具を用いたという逸話や、733年の「出雲風土記」に椿に関する記述が見られることからも、その歴史の深さが伺えます。室町時代以降、茶道が上流階級の間で流行すると、椿は茶花や庭木として鑑賞されるようになり、江戸時代には園芸植物として広く愛好されるようになりました。本稿では、「日本産ツバキの図」と石井勇義の関係性、そしてこの書物が日本の園芸知識の普及にどのように貢献したのかについて詳細に解説していきます。
石井勇義と「日本産ツバキの図」の関係
石井勇義は、大正・昭和期に活躍した園芸家であり、園芸教育者でもありました。彼は、園芸に関する知識を広く普及させることに尽力し、数多くの著作を残しました。「日本産ツバキの図」は、日本の椿を網羅的に図解した貴重な資料として、現在も高く評価されています。
石井勇義自身は作画を担当していませんが、本書の企画者として、その制作に深く関わっていました。彼は、当時最高の植物画家であった山田壽雄を原画に起用し、植物学の権威である牧野富太郎に監修を依頼することで、本書の高い完成度を実現しました。石井勇義の専門知識と人脈があってこそ、このような傑作が生まれたと言えるでしょう。
「日本産ツバキの図」の内容と出版目的
「日本産ツバキの図」は、その名の通り、日本に自生する椿の種類や特徴を詳細な図解と共に紹介した書物です。出版時期は1940年代です。
本書の出版目的は、当時の園芸ブームを背景に、椿に関する正しい知識を普及させることにありました。美しい図解と詳細な解説は、読者の理解を深め、椿の栽培や鑑賞をより一層楽しむための手助けとなりました。
「日本産ツバキの図」には、他の植物図鑑とは異なる際立った特徴がいくつかあります。まず、100種類以上の椿の園芸品種が絵で描かれており、その多様性に驚かされます。また、花瓶として様々な器物が用いられている点もユニークです。さらに、当時の文化人49名による和歌や俳句、漢詩などの賛が添えられている点も、本書を特別な存在にしています。これらの特徴は、「日本産ツバキの図」が単なる植物図鑑ではなく、芸術性と文化的な価値も併せ持つ作品であることを示しています。
「日本産ツバキの図」が園芸知識の普及に貢献した点
「日本産ツバキの図」は、美しい図解と詳細な解説によって、椿に関する知識を分かりやすく提供することで、園芸知識の普及に大きく貢献しました。具体的には、以下のような点が挙げられます。
椿の多様性:多種多様な椿を図解で紹介することで、読者に椿の奥深さを認識させ、品種改良や栽培への関心を高めました。
正確な知識の提供:植物学に基づいた正確な情報を提供することで、誤った知識や迷信を払拭し、椿栽培の普及を促進しました。
鑑賞価値の向上:椿の美しさを図解で表現することで、読者の美的感覚を刺激し、ツバキの鑑賞価値を高めました。
また、「日本産ツバキの図」は、日本のツバキがヨーロッパに紹介されるきっかけとなり、世界的な椿ブームの火付け役となりました。現在、世界中で愛されているツバキの園芸品種は、約2000種以上にものぼると言われています。「日本産ツバキの図」は、日本の園芸文化を世界に広める上でも大きな役割を果たしたと言えるでしょう。
さらに、本書は椿油産業の活性化にも貢献しています。椿油は、古くから日本人の生活に欠かせないものでしたが、近年ではその産業が衰退しつつあります。しかし、佐賀県加唐島などでは、椿油を島の新産業として育成しようとする取り組みが始まっており、「日本産ツバキの図」のような椿に関する資料は、これらの活動においても貴重な情報源となっています。
石井勇義の他の業績や活動
石井勇義は、「日本産ツバキの図」以外にも、園芸に関する多くの著作を残しています。例えば、「ツバキ・サザンカ図譜」や「原色花卉類図譜」、「カーネーション・スヰートピーの作り方」、「家庭の草花」、「最新盆栽の仕立方」、「菊花栽培秘訣!」、「菊の研究」など、いずれも園芸愛好家にとって貴重な資料となっています。
また、彼は園芸教育にも力を注ぎ、青山学院女子専門学校や恵泉女学園女子農芸専門学校で教鞭を執りました。これらの活動を通して、石井勇義は日本の園芸界の発展に大きく貢献しました。
石井勇義の幅広い知識と経験は、「日本産ツバキの図」の制作にも活かされました。彼は、優れた植物画家や植物学者との協力関係を築き、質の高い作品を生み出すことに成功しました。
「日本産ツバキの図」の制作に関わった人物
「日本産ツバキの図」の制作には、石井勇義の他に、以下の2名の人物が深く関わっています。
山田壽雄:明治から昭和初期にかけて活躍した植物画家。精緻な植物画で知られ、「牧野日本植物図鑑」の作画にも携わっています。
牧野富太郎:日本の植物学の父と呼ばれる人物。「日本産ツバキの図」の監修を担当し、植物学的な正確性を保証しました。
結論
石井勇義が企画した「日本産ツバキの図」は、日本の椿を網羅的に紹介した貴重な書物であり、園芸知識の普及に大きく貢献しました。美しい図解と詳細な解説は、読者に椿の魅力を伝え、その栽培や鑑賞を促進する上で重要な役割を果たしました。また、本書は椿のグローバル化や椿油産業の活性化にも貢献しており、その影響は多岐にわたります。石井勇義の功績は、「日本産ツバキの図」を通して、現代の私たちにも受け継がれています。
「日本産ツバキの図」は、椿という植物を通して、日本の自然、文化、歴史を学ぶことができる貴重な資料です。この本が、これからも多くの人々に愛され、椿の魅力を伝える役割を果たしていくことを期待します。
[山田寿雄 原画] ほか『日本産ツバキの図』,[石井勇義],[194-]. 国立国会図書館デジタルコレクション https://dl.ndl.go.jp/pid/1907698
参考
江戸園芸植物 ツバキ
日本産ツバキの図 | NDLサーチ | 国立国会図書館
ツバキとは|育て方がわかる植物図鑑|みんなの趣味の園芸(NHK出版)