本草通串証図は、江戸時代後期に越中国富山藩の第10代藩主・前田利保(1799-1859)の命により作成された植物図譜です。本草通串証図の別名は本草通串證圖。利保は幼少の頃から植物に興味を持ち、江戸藩邸に200種を超えるアサガオを栽培するほどの熱心な植物愛好家でした。本草学者・岩崎灌園に師事し、同好の士と「赭鞭会」という研究会を結成して本草学と博物学の知識を深めました。赭鞭会は、植物・動物・鉱物を含む物品の鑑定・研究を目的とした組織で、その運営は民間の人々の生活や活動を援助することにありました。
利保は研究の成果を『本草通串』(全94巻56冊)としてまとめましたが、これは漢文で書かれ、図版を欠いていたため、実物の植物と照らし合わせることが困難でした。加賀藩の『庶物類纂』に対抗して編纂が始まったとも言われています。そこで、利保は『本草通串』の内容をより分かりやすく解説し、実物との照合を容易にするために、図版を添えた『本草通串証図』を作成しました。
作成者と作成年代
本草通串証図の編纂を命じた前田利保は、1800年2月28日に越中国富山藩の江戸藩邸で生まれました。1835年に富山藩主となり、1846年に隠居、1859年8月18日に富山で亡くなっています。号は恋花亭、自知春館など。利保は植物学以外にも幅広い分野で活躍し、『十新考』や『信筆鳩識』などの著作も残しています。
実際の作画は、富山藩の絵師である木村雅経(立嶽)、山下守胤、山下弌胤、松浦守美らによって行われました。序文は富山藩の文学者・岡田淳之が嘉永6年(1853年)正月に記しています。
内容と構成
本草通串証図は全5巻5冊からなり、117丁に187種の植物が描かれています。内容は薬草が主体で、カンゾウ、ニンジン、キキョウなど、多様な植物が収録されています。特に、巻五には27種のシダ植物が記載されており、これは我が国初のシダ図集として注目されています。また、キクやキリなど、園芸植物も含まれています。
構成としては、各ページに1種類の植物が描かれ、その余白に和名、漢名、産地、薬効などの簡単な解説が添えられています。図は多色刷りの木版画で、精緻な描写と鮮やかな色彩が特徴です。また、藩内産の五箇美濃紙を使用するなど、造本も非常に豪華で、江戸時代屈指の豪華本と言われています。
本草通串証図の元となった『本草通串』は、甘草、黄耆、人参など87品目の植物に由来する生薬について解説した書物です。そのうち約3分の1の生薬は、現代においても繁用されています。『本草綱目』の順番にしたがって記載がされており、甘草から廉薑までの記載があります。全94巻の内容が56冊にまとめられています。
特徴
本草通串証図の特徴は、以下の点が挙げられます。
精密な植物画:当時の優れた絵師たちによって描かれた植物画は、非常に精密で、植物の形態や特徴を正確に捉えています。例えば、キキョウは一重紫色の他に、白、白紫絞り、八重咲き、黄色種など、様々な品種が描かれています。 多色刷りの木版画:多色刷りの木版画で印刷されているため、色彩が鮮やかで、植物の美しさが際立っています。当時の高い版画技術によって、植物の繊細な色合いまで再現されています。 豪華な造本:藩内産の五箇美濃紙を使用するなど、江戸時代屈指の豪華な造本となっています。 薬草だけでなく園芸植物も収録:薬草が主体ですが、キキョウやダリアなど、園芸植物も多数収録されている点が特徴です。これは、当時の園芸ブームや、植物への関心の高まりを反映していると考えられます。 我が国初のシダ図集:巻五には27種のシダ植物が記載されており、これは我が国初のシダ図集として貴重な資料となっています。
本草通串証図は、江戸時代の本草学が盛んになる中で作成されました。また、植物園の歴史とも関連があり、植物の栽培と研究への関心の高まりを反映していると考えられます。奥書がないため未完成と推測されていますが、版木が火災で焼失したためとも言われています。そのため、現存する版本は少なく、全国的にも数カ所に残るだけの稀覯書となっています。
本草通串証図は、江戸時代の植物学、本草学、博物学を研究する上で貴重な資料として、多くの研究者に利用されています。その美しい植物画は、美術史や園芸史の研究にも役立っています。
結論
本草通串証図は、江戸時代後期の代表的な植物図譜であり、当時の本草学、博物学、植物画のレベルの高さを示す貴重な資料です。その精密な植物画、鮮やかな色彩、豪華な造本は、現代においても高く評価されています。また、薬草だけでなく園芸植物も多数収録されている点、我が国初のシダ図集である点など、多くの特徴を有しています。
本草通串証図は、伝統的な中国医学と日本の植物学の知識を橋渡しする役割を果たしたと言えるでしょう。また、地方の大名が、学問研究を推進した事例としても注目されます。
デジタル化が進み、インターネット上で閲覧できるようになったことで、より多くの人がこの貴重な資料に触れることができるようになりました。本草通串証図は、今後も、植物学、本草学、博物学、美術史、園芸史など、様々な分野の研究に役立てられていくことでしょう。
本草通串証図 一
本草通串証図 国立公文書館デジタルアーカイブhttps://www.digital.archives.go.jp/file/125717 (全5巻のうち巻1巻2のみ所蔵)
本草通串証図 二
本草通串証図 国立公文書館デジタルアーカイブhttps://www.digital.archives.go.jp/file/125717 (全5巻のうち巻1巻2のみ所蔵)