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木版多色の美しい図が挿入された栽培手引書:花壇朝顔通

  • 執筆者の写真:  JBC
    JBC
  • 2024年6月8日
  • 読了時間: 6分

更新日:1月27日

日本の夏の風物詩である朝顔は、その可憐な花と育てやすさから、古くから人々に愛されてきました。特に江戸時代には、園芸文化が隆盛を極め、朝顔は品種改良が盛んに行われ、多種多様な変化朝顔が誕生しました。文化・文政期(1804~1830)には、数多くの朝顔図譜が出版されましたが、美しい木版多色図で知られる「朝顔三十六花撰」などと並んで、高い芸術性と学術的価値を認められているのが「花壇朝顔通」です。本稿では、「花壇朝顔通」の概要とその魅力、そして現代の朝顔栽培における意義について考察していきます。   




「花壇朝顔通」の概要


「花壇朝顔通」は、文化12年(1815年)に山城佐兵衛、泉本八兵衛、高橋平助によって出版された朝顔の栽培手引書です。著者は壺天堂主人、図は森春渓によって描かれました。壺天堂主人に関する情報は乏しく、その詳細は不明です。 森春渓もまた、江戸時代後期の画家として知られていますが、その生没年を含め詳しいことは分かっていません。    


本書は乾坤二冊からなる小型本で、全71ページからなり、180種を超える朝顔の品種解説と栽培方法が掲載されています。判型は18.1 cm x 11.5 cmです。最大の特徴は、森春渓による精緻で美しい木版多色図です。当時の多色刷りの技術を駆使して描かれた朝顔は、まるで生きているかのような瑞々しさで、読者を魅了します。また、本書には序文や和歌、俳句なども多く収録されており、その配置は図譜の芸術性を高めるだけでなく、文学的にも高い価値を有しています。  単なる栽培手引書としてだけでなく、芸術性も高く評価されている所以です。    




「花壇朝顔通」に描かれた木版多色図


「花壇朝顔通」の木版多色図は、当時の最高水準の技術によって制作されました。まず、原画をもとに、主要な線で輪郭を描き、次に濃淡や色を表現するための版木を彫り重ねていくことで、多色刷りが実現しました。さらに、ぼかしや摺り重ねなどの技法を駆使することで、花弁の微妙な色合いや質感、葉脈の繊細な表現などが可能になりました。当時の絵師たちは、植物の細部まで観察し、その特徴を正確に捉えながら、芸術的な表現も追求しました。「花壇朝顔通」の図は、変化朝顔の多様な花色や模様、葉の形などを鮮やかに再現しており、江戸時代の朝顔ブームを牽引した品種改良の成果を今に伝えています。   


図柄の種類

特徴

変化朝顔

花びらや葉に切れ込みが入ったもの、八重咲きのような花を咲かせるものなど、多様な変化朝顔

牡丹咲き、車咲き、獅子咲きなど

珍しい品種

当時、黒や黄色の朝顔は珍しかった

黒白江南花(こくびゃくこうなんか)

変化朝顔は葉の形も様々で、図譜にはその特徴が詳細に描かれている

糸柳葉、州浜葉、蝉葉など

   

「花壇朝顔通」には、黒や黄色の朝顔など、当時としては珍しい品種も掲載されています。特に、黒白江南花(こくびゃくこうなんか)と呼ばれる、咲き分けや絞り模様の花をつける品種は、その後の突然変異体を多数生み出したトランスポゾン(動く遺伝子)の転移の活性化を示唆していると考えられています。このことから、「花壇朝顔通」は、単に美しい図譜であるだけでなく、遺伝学的な研究においても重要な資料と言えるでしょう。   




「花壇朝顔通」の内容分析


「花壇朝顔通」は、当時の朝顔栽培技術、品種改良、流行などを知る上で貴重な資料です。本書の内容を分析することで、江戸時代の朝顔文化の一端を垣間見ることができます。


当時の朝顔栽培技術


「花壇朝顔通」には、土作り、種まき、水やり、肥料の与え方など、朝顔栽培の基本的な技術が詳しく解説されています。現代の朝顔栽培においても参考になる情報が多く、特に鉢植えでの栽培方法や摘芯の技術は、現代でも応用されています。また、病害虫対策についても記述があり、当時の栽培における課題や工夫を知ることができます。さらに、付録には土拵え、種まき、肥料、種取り、大輪の仕立て方など、より専門的な栽培技術についても解説されており 、当時の栽培家たちの熱意が伝わってきます。   


「花壇朝顔通」における朝顔の鑑定


「花壇朝顔通」には、双葉の形から朝顔の色や形を判別する技術についても記述があります。例えば、大輪朝顔の双葉は、一般的な朝顔の双葉に比べて丸みを帯びているといった特徴が挙げられています。これは、現代の朝顔栽培においても応用できる可能性があり、品種改良や選抜に役立つ知見と言えるでしょう。   


品種改良


江戸時代には、朝顔の品種改良が盛んに行われ、様々な色や形の朝顔が誕生しました。「花壇朝顔通」には、当時流行した変化朝顔の品種が多数紹介されており、その中には、現代では見ることができない珍しい品種も含まれています。本書は、江戸時代の品種改良の歴史を知る上で貴重な資料と言えるでしょう。    


流行


「花壇朝顔通」が出版された文化・文政期(1804~1830)は、江戸文化が爛熟期を迎えた頃と重なり、園芸においても多くの新しいタイプの変化朝顔が出現した、朝顔の第一次ブームの時期でした。   人々は、珍しい変化朝顔を求め、高値で取引されることもあったようです。しかし、人々の関心は天保・弘化期(1830~48)になると万年青やおもと、松葉蘭などに移り、変化朝顔のブームは一旦下火になりました。 その後、嘉永・安政期(1848~60)に再びブームが到来し、旗本の鍋島直孝や植木屋の成田屋留次郎といった人物が、変化朝顔の品種改良や普及に貢献しました。本書は、このような朝顔ブームの変遷や、人々の朝顔に対する熱狂ぶりを伝えるものでもあります。     




「花壇朝顔通」の現代における評価


「花壇朝顔通」は、江戸時代の朝顔文化を伝える貴重な資料として、現代においても高く評価されています。   その文化的価値は、美しい木版多色図だけでなく、当時の栽培技術や品種改良の歴史、そして人々の朝顔に対する情熱を今に伝える点にあります。また、本書は希少性も高く、現在では入手困難なため、古書市場では高値で取引されることもあります。特に、変化朝顔の中には、現代では栽培が途絶えてしまった品種も存在するため、「花壇朝顔通」は、これらの品種を復元するための重要な手がかりとなる可能性を秘めています。    




おわりに


「花壇朝顔通」は、江戸時代の朝顔文化を伝える貴重な資料であり、美しい木版多色図と詳細な栽培解説は、現代の私たちにも多くの示唆を与えてくれます。 本書は、植物学的な知識だけでなく、芸術的な表現、そして文化的な価値を兼ね備えた、まさに江戸時代の朝顔栽培のバイブルと言えるでしょう。本書を通して、先人たちの知恵と情熱に触れ、朝顔栽培の奥深さを再認識してみてはいかがでしょうか。





壷天堂主人 著 ほか『花壇朝顔通 2巻』,高橋平助[ほか2名],文化12 [1815].国立国会図書館デジタルコレクション https://dl.ndl.go.jp/pid/2607058






壷天堂主人 著 ほか『花壇朝顔通 2巻』,高橋平助[ほか2名],文化12 [1815].国立国会図書館デジタルコレクション https://dl.ndl.go.jp/pid/2607058






参考



季節を彩る花物語 |第103回 朝顔 ~江戸時代にはブームも~ - 日比谷花壇


アサガオの園芸史


花壇朝顔通 | 京都大学貴重資料デジタルアーカイブ


江戸・明治の朝顔ブームと書物 | NDLイメージバンク | 国立国会図書館







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