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博物図(掛図)について

  • 執筆者の写真:  JBC
    JBC
  • 2025年5月1日
  • 読了時間: 10分


18世紀以降のヨーロッパでは、博物学を中心とした動植物図譜や航海記、地図、民俗学的図譜、解剖図譜など、それまでの美術史には収まりきれない文脈の膨大な図像が制作されるようになりました。これらの図像は、多色銅版やリトグラフなど当時の最先端の印刷技術を駆使した書物として出版され、人々が世界をどのように見て記述してきたかを理解する上で重要な視覚資料となっています。   


日本では、江戸時代に本草学が隆盛し、博物図譜の伝統が築かれていました 。そして明治初期、日本の近代教育制度確立において重要な役割を担ったのが、博物図(掛図)です。欧米の教育方法を取り入れ、視覚教材として活用された博物図は、当時の児童にとって未知なる動植物や自然現象への好奇心を刺激し 、知識欲を育む上で重要な役割を果たしました。本稿では、博物図(掛図)の歴史的背景、種類、特徴、教育的価値、現代における活用方法について考察します。   



博物図(掛図)とは


掛図とは、学校の教室で黒板や壁面に掲げて教授の際に用いた大判の絵図や表などを指します。博物図は、この掛図の一種であり、明治時代に小学校で使用された教育掛図です。動植物や自然現象などを描いた大型の図で、教師が児童に説明する際に用いられました。   


博物図は、M. Willson & N.A. Kalkins の「School and Family Charts」中の動植物図を参考にして作られたと言われ、動物5図、植物5図の計10図で構成されています。日本の国立公文書館のデジタルアーカイブには、動物は第1、2、3、5図、植物は第1~4図が所蔵されています。   



博物図(掛図)の歴史


掛図は、西洋では18~19世紀に宗教教材、歴史教材、言語教材、地図、博物図など、一斉教授用の教材として広く使用されました。   


日本では、江戸時代に本草学が隆盛し、博物図譜の伝統が築かれていました。明治時代になると、西洋の教育方法を取り入れるため、欧米から掛図が導入され、それを参考に翻案・模倣した掛図が作られるようになりました。   


明治初期の掛図は、東京師範学校がアメリカの初等教育用チャートを模して、単語図や連語図などを含む28枚の掛図を作成したのが始まりです。翌年には児童用教科書および掛図の多くが改版され、編集刊行者が「東京師範学校」から「文部省」に改められました。   


当初、教科書の内容は翻訳されたものや民間人が書いたものが多かったのですが、1880年頃から儒教倫理を重視するものへと移行していきました。   


国立科学博物館には、これまで掛図研究では見られなかった新出資料である「小学用博物図」が所蔵されています。小学用博物図は、明治初期の大阪師範学校での教育方針と同地の出版文化を背景に成立したと考えられています。   


小学用博物図とSchool and Family Chartsは、発見当時、どちらもひどく傷んでおり、それぞれ別の専門業者に委託して修復が行われました。部分的にせよSchool and Family Chartsそのものを日本語に訳した小学用博物図の存在が確認されたことは、School and Family Chartsが日本の教育資料に与えた影響を示す証拠として大きな意義を持つと言えるでしょう。   


第二次世界大戦の際、博物館の資料を近県に疎開させた際の混乱により、博物図譜の行方を正確に把握することが困難になっています。   


博物図譜とともに移管された「列品目録」によると、日本画は中嶋仰山、服部雪齋、岩崎灌園らによって描かれた作品であり、洋画は平木政次、横山慶次郎によって描かれた作品であることが確認されています。   


また、理科掛図刊行の中心人物である文部省博物局の田中芳男は、幕末に幕府の洋学研究機関「蕃書調所」で勤めていました 。蕃書調所は、交易上必要な国内外の鉱物、動物、植物の知識を蓄える物産学を所内に開設し、ほぼ同時に開設された画図室では博物図譜の作成も行っていました 。これらの活動は、博物図の登場に繋がる重要な役割を果たしたと言えるでしょう。



博物図(掛図)の種類と用途


博物図は、児童に実物を見せることが難しい場合に、その代わりとして用いられました。また、文字だけでは理解しにくい内容を、視覚的に分かりやすく説明するためにも役立ちました。博物図は幅広い題材を扱っており、動植物を題材としたものだけでなく、歴史や地理、算数などを題材とした掛図も存在しました 。   


例えば、一色杉山家から富士市立博物館に寄贈された明治初期の小学校掛図26点のコレクションには、「五十音図」や「伊呂波図」、「濁音図」、「ローマ数字図」、「乗算九九図」、「加算九九図」など、様々な種類の掛図が含まれています。その他にも、「歴史科教授用参考掛図」や「天地現象掛図」、「最新外国地理名勝掛図」などの掛図も存在しました。   


博物図の内容は多岐に渡り、以下はその一例です。

種類

内容

動物図

哺乳類、鳥類、魚類、昆虫など

植物図

樹木、草花、野菜、果物など

人体図

P. Mascagniの「Anatomia per uso degli studiosi di scultura e pittura opera postuma」 、骨格、筋肉、内臓など

植物図

F. P. Chaumetonの「Flore médicale」 、A. von Humboldt and A. Bonplandの「Monographia des Melastomacearum」

第四博物図

葉茎類、葷辛類、海藻類、きのこ類

 


博物図(掛図)の特徴


博物図の特徴としては、以下のような点が挙げられます。


  • 大型である: 児童全員が見やすいように、大型で作られています。   

  • 色彩が鮮やかである: 児童の興味関心を引くために、鮮やかな色彩で描かれているものが多い。   

  • 写実的な描写: 動植物の特徴を正確に捉え、詳細に描写されています 。   

  • 解説文が付されている: 図の内容を補足するため、解説文が付されているものもあります。   

  • 多様な素材と技法: 博物図は和紙に印刷されたものが一般的ですが、絹本(けんぽん)と呼ばれる絹に描かれた作品も存在します。また、印刷には銅版墨摺りや木版多色刷りなど、当時の最新技術が用いられました 。小学用博物図の場合、銅版で輪郭線を描き、木版で色彩を施しています。   

  • 実用的な情報: 果物や野菜などの保存方法や食べ方についての解説文が付されているものもあります。   


これらの特徴により、博物図は児童にとって分かりやすく、興味深い教材となりました。しかし、掛図は使用するたびに損傷がすすみ、大型であるため保管が難しく、破棄されてしまったものが多いのも事実です。   



博物図(掛図)に描かれている動植物や風景の特徴と当時の社会背景や文化との関連性


博物図に描かれている動植物は、当時の日本で身近に見られたものが中心です。例えば、植物図には、稲、麦、野菜、果物など、当時の食生活を支える植物が多く描かれています。また、動物図には、犬、猫、馬、牛など、家畜や身近な野生動物が描かれています。その他、当時日本にいなかったはずの珍しい動物や、伝説上の生き物なども描かれており 、当時の文化や人々の自然に対する認識を垣間見ることができます。   


風景画は、当時の日本の自然や生活の様子を伝える貴重な資料となっています 。田園風景、山村風景、都市風景など、様々な風景が描かれており、当時の社会背景や文化を反映しています。   


博物図は、単なる教材としての役割だけでなく、明治時代の日本の文化や科学的な価値観を反映した資料としても重要な意味を持っています。例えば、動植物の選択や描写方法、解説文の内容などから、当時の社会における自然観や知識の普及に対する考え方を分析することができます。   



博物図(掛図)の教育的価値


博物図は、児童の観察力、思考力、表現力を育む上で重要な役割を果たしました。実物を見る機会が少ない動植物を、博物図を通して観察することで、児童は自然に対する興味関心を高め、動植物の特徴や生態について学ぶことができました。また、博物図を題材とした授業を通して、児童は自分の考えを表現する力を養うことができました。   


植物学者の牧野富太郎は、幼少期に博物図を見て、自然科学への興味関心を高めたと言われています 。さらに、博物図はかつての自然がどれほど豊かだったかを物語っており、現在・未来の自然環境について考える際の、貴重な環境資料にもなります。   



現代における博物図(掛図)の活用方法


現代においても、博物図は教育現場や博物館などで活用されています。例えば、博物館では、博物図を展示することで、当時の自然や文化を紹介することができます。また、教育現場では、博物図を教材として活用することで、児童の自然科学への興味関心を高めることができます。   


近年では、デジタル技術を活用した博物図の活用も進められています。国立国会図書館デジタルコレクション  では、インターネットで博物図を閲覧することができます。また、武蔵野美術大学図書館では、博物図を高解像度でスキャニングし、デジタルアーカイブ化を実施しています。さらに、タッチパネル式高精細画像閲覧システムを開発し、通常直接手に触れることができない資料を細部まで閲覧できる環境を提供しています。   


博物図をデジタル化することで、より多くの人が手軽に博物図にアクセスできるようになり、教育や研究への活用が期待されています。また、「家庭用教育掛図」のように、博物図を家庭でも活用できる可能性も広がっています 。   



結論


博物図(掛図)は、明治時代の近代教育において重要な役割を果たした視覚教材です。鮮やかな色彩と写実的な描写で描かれた動植物や自然現象は、児童の知的好奇心を刺激し、自然科学への関心を高める上で大きく貢献しました。現代においても、博物図は教育現場や博物館などで活用されており、その価値が見直されています。

博物図は、伝統的な日本の教育方法から西洋の影響を受けた近代的な教育方法への移行を促進する上で、視覚的な橋渡し役を果たしました 。また、博物図に描かれた動植物や風景は、明治時代の日本の文化や科学的な価値観を反映しており 、当時の社会における自然観や知識の普及に対する考え方を理解する上で貴重な資料となっています。   


博物図の芸術的な側面も注目すべき点です。伝統的な日本の絵画技法と銅版画のような新しい技法を融合させた博物図は、その後の日本の美術やイラストレーションの発展にも影響を与えた可能性があります。デジタル技術の発展により、博物図は新たな可能性を秘めています。デジタルアーカイブ化やオンラインデータベースの構築などを通して、より多くの人が博物図にアクセスできるようになり、教育や研究における博物図の活用がさらに促進されることが期待されます。

  



第一図


画家は、東京帝国大学に職を奉じ、植物を多く描いた加藤竹斎。「植学入門ノ階梯」として、植物の葉や根、花の形を彩色画で描いています。植物の名前には、英語名も記載されています。

博物図
第一図 原図サイズ:58cm×81cm https://www.digital.archives.go.jp/gallery/0000000008


第二図


画家は、明治時代の歌川派浮世絵師の長谷川竹葉。瓜花類は、上下に分けられ、上段に桃・梅・柿といった果実類が、下段には、かぼちゃ、茄子、瓜等が彩色画で描かれています。

第二図  原図サイズ:58cm×81cm https://www.digital.archives.go.jp/gallery/0000000009
第二図  原図サイズ:58cm×81cm https://www.digital.archives.go.jp/gallery/0000000009


第三図


画家は第二図と同じ長谷川竹葉。穀物之類・莢豆之類・根塊の類の三つに分けた画面に、彩色画で記載しています。穀類には、米・麦・粟等のほかにトウモロコシも記載されています。

博物図
第三図 原図サイズ:58cm×81cm https://www.digital.archives.go.jp/gallery/0000000010


第四図


画家は、長谷川竹葉。葉茎類、葷辛類、海藻類、きのこ類の4つにわかれています。葷辛類には、ワサビやニンニクといった香辛料が描かれています。

博物図
第四図 原図サイズ:58cm×81cm https://www.digital.archives.go.jp/gallery/0000000010




参考


国立公文書館デジタルアーカイブ


博物図 - 西洋教育の導入|明治の学び - 国立公文書館


教育掛図《小学用博物図》の研究 - 国立科学博物館


掛図にみる教育の歴史


江戸・明治期に描かれた「博物図譜」を新たに118点発見 - 国立科学博物館


博物図第1図 - 国立公文書館 デジタルアーカイブ


歴史科教授用参考掛図 - 学習院大学史料館


掛図 第二博物圖 | 玉川大学教育博物館 館蔵資料(デジタルアーカイブ)


博物図譜とデジタルアーカイブ: 出品リスト - 武蔵野美術大学 美術館・図書館


描かれた動物・植物―江戸時代の博物誌― | NDLギャラリー | 国立国会図書館


文部省発行教育掛図《博物図》と《家庭用教育掛図》の研究 - 国立科学博物館


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