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賞春芳:凹字正面彫りと拓本技術が生み出す美の世界

  • 執筆者の写真:  JBC
    JBC
  • 2023年8月8日
  • 読了時間: 4分

更新日:1月13日




賞春芳は、凹字正面彫りした版木を用い、拓本の技術で製作された、江戸時代の画帖です。 画帖とは、絵画や書などを一冊にまとめたものです。江戸時代の京都の春景色を題材とし、当時の儒学者や医師たちが詠んだ漢詩に、伊藤若冲、池大雅、円山応挙といった著名な画家たちの絵を添えたもので、錦絵とは異なる、墨の濃淡が織りなす独特の美しさが特徴です。 本稿では、賞春芳の製作技法、種類や用途、現存する作品、文化的・歴史的意義など、多角的な視点からその魅力に迫ります。   




賞春芳の製作技法


賞春芳は、「拓版画」「正面摺り」「木拓摺り」などとも呼ばれ、 従来の拓本技法を応用した、独自の技法で製作されています。   


凹字正面彫り


一般的な木版画では、絵師が描いた下絵を版木に転写し、絵師の描いた線以外の部分を彫り師が彫り進めていきます。そして、版木の凸部分に墨を付け、紙に刷り込んで絵を完成させます。

一方、賞春芳の製作では、凹字正面彫りという技法が用いられています。 これは、版木に文字や絵柄を凹状に彫り込む技法です。 この凹版に紙を湿らせて置き、上から墨を塗布することで、凹んだ部分に墨が入り込み、文字や絵柄が白く浮かび上がります。   


特筆すべきは、賞春芳の版木に彫られた文字が、通常の版画のように左右反転していない点です。 これは、拓本を採る際と同様に、版木に直接紙を置いて墨を打ち込むため、文字を反転させる必要がないためです。この正面彫りによって、原本の筆致をより忠実に再現することが可能となっています。   


拓本の技術の応用


賞春芳の製作には、拓本の技術が応用されています。 拓本とは、石碑や青銅器などに刻まれた文字や文様を、紙に写し取る技法です。 紙を対象物に密着させ、墨で叩いて凹凸を写し取ります。 拓本には、紙を濡らす湿拓と、濡らさない乾拓の二種類があり、対象物の材質によって使い分けられます。 賞春芳では、凹字正面彫りされた版木を拓本の対象とし、湿拓の技法を用いて墨を塗布することで、文字や絵柄を紙に写し取っています。   


賞春芳の特徴である墨の美しさは、この拓本の技術の応用と深く関わっています。 拓本特有の、墨の濃淡や滲みが、賞春芳に独特の味わいを生み出していると言えるでしょう。   



   


賞春芳の文化的・歴史的意義


賞春芳は、江戸時代の文化や芸術を理解する上で貴重な資料です。 漢詩と絵画が一体となった作品からは、当時の文化人たちの美意識や、自然に対する感性を読み取ることができます。また、凹字正面彫りという特殊な技法を用いた版画作品としても、美術史的に重要な意味を持っています。   




賞春芳の製作に関わった人物


賞春芳の製作には、多くの文化人や職人が関わっています。


編者

  • 恵美長敏

    • 生没年不詳。

       

漢詩

  • 岩垣竜渓

    • 1741年 - 1808年。江戸時代中期-後期の儒学者。宮崎筠圃に古義学を学び、伏原宣条、皆川淇園に師事し古注学の研究を進めた。私塾遵古堂を開いた。   

       

  • 龍草蘆

    • 1714年 - 1792年。漢詩人・儒学者。名は元亮・公美、字は子明・君玉、通称は衛門・彦二郎、号は草廬のほかに竹隠・松菊主人・呉竹翁など。本姓は「龍見」だが中国風に「龍」と称した。京都烏丸に私塾を開き、後に詩社幽蘭社を主宰した。   

       

  • 江村北海

    • 1713年 - 1788年。 詩人、儒学者。名は綬、字は君錫、通称は弥兵衛。別号に愚亭・北海漁父など。京都の人。   

       

  • 柚木太淳

    • 1762年 - 1803年。江戸時代中期から後期の医師。字は堯民(仲素とも)、号は太淳または春甫。京都の人。   

       

絵画

  • 伊藤若冲

    • 1716年 - 1800年。江戸時代中期の絵師。京都錦小路の青物問屋「枡屋」の長男として生まれる。名は汝鈞、字は景和。初めは春教と号したという記事があるが、その使用例は見出されていない。斗米庵、米斗翁、心遠館、錦街居士とも号す。   

       

  • 池大雅

    • 1723年 - 1776年。江戸時代の文人画家。名は澥(たいが)、字は公敏(こうびん)、別号に藍田、三岳道者、九峰など。京都伏見の生まれ。   

       

  • 円山応挙

    • 1733年 - 1795年。江戸時代中期~後期の絵師。円山派の祖。名は岩次郎、後に主水。夏雲、雪汀、一嘯、仙嶺、僊斎、星聚館、鴨水漁史、攘雲、洛陽仙人と号す。石田幽汀の門人。   

       

彫師・摺師

残念ながら、賞春芳の彫師と摺師に関する情報は、現在のところ見つかっていません。




結論


賞春芳は、凹字正面彫りと拓本技術を融合させた、他に類を見ない画帖です。江戸時代の文化や芸術、そして自然に対する感性を、現代に伝える貴重な資料と言えるでしょう。  特に、賞春芳に見られる凹字正面彫りは、通常の版画とは異なる技法で、文字を反転させることなく彫ることで、原本の筆致をそのままに再現することを可能にしました。 さらに、拓本の技法を応用することで、墨の濃淡や滲みが生み出す独特の美しさを実現し、錦絵とは一線を画す、味わい深い作品となっています。 賞春芳は、絵画、書、そして版画技術が一体となった、江戸時代における芸術の粋を集めた作品であり、後世に伝えるべき文化遺産と言えるでしょう。   




書名:賞春芳 著者(編者):恵美長敏出版年月日 :安永6 年(1777)跋刊国立国会図書館デジタルコレクション https://dl.ndl.go.jp/pid/1288417

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