100の菊図に注釈と菊の古歌を添える:扶桑百菊譜
- JBC
- 2024年9月22日
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更新日:1月27日
日本の秋を彩る花、菊。その美しさは古くから人々を魅了し、文学や芸術の題材として数多くの作品を生み出してきました。「扶桑百菊譜」は、江戸時代に刊行された菊図譜です。100種類もの菊の図に、注釈と古歌を添え、当時の菊への情熱を現代に伝えています。本稿では、「扶桑百菊譜」の魅力に迫り、その概要、構成、文化的・歴史的意義、そして類似する作品などを詳しく解説していきます。
「扶桑百菊譜」の概要
「扶桑百菊譜」は、享保21年(1736年)2月に刊行された菊図譜です 。著者は百鞠亭児素仙という人物ですが、実名や生没年などの詳細は不明です 。本書の自序には「左京河東散人」と記されていることから、京都に住んでいたと考えられます 。上下二巻からなる和装本で、巻上は40丁、巻下は35丁から構成されています 。
「扶桑百菊譜」が刊行された江戸時代中期は、菊の栽培が盛んになり、多くの品種が作出されていました。元禄時代頃から始まったこの菊ブームは、正徳・享保年間にかけてさらに盛り上がりを見せました 。本書は、こうした菊ブームの中で生まれた、菊の美しさと多様性を後世に伝える貴重な文化遺産と言えるでしょう。
「扶桑百菊譜」の構成
「扶桑百菊譜」は、各丁に菊の図、その菊についての注釈、そして菊を詠んだ古歌を掲載するという構成になっています。
菊図
100種類の菊が、精緻な筆致で描かれています。残念ながら、今回の調査では具体的な菊の種類や品種名、図に描かれた菊の特徴までは特定できませんでした。しかし、国立国会図書館デジタルコレクション や東京大学総合図書館 などでデジタル画像が公開されているため、当時の菊の多様性や美しさを窺い知ることができます。
注釈
菊図に添えられた注釈には、菊の種類や特徴、名称の由来、逸話などが記されています。例えば、「百菊譜」の序文には、以下のような記述があります 。
天地之工草木ノ之花間二出スル於人之間一者品物甚蕃シ焉洛陽之牡丹揚州ノ之芍薬西蜀ノ之海棠鶴林ノ之杜鵑春花ノ之中最モ為リ二冠絶ストモ其質浮治シテ而易シレ壊シ宜クレ非ル二高人隠土ノ之所一ニ
これは、「天地の造化によって草木の間に生まれた花は、種類が非常に多い。洛陽の牡丹、揚州の芍薬、西蜀の海棠、鶴林の杜鵑などは、春の花の中でも最も美しく、並ぶものがないと言われるが、その性質は軽薄で壊れやすく、高尚な人が隠遁する場所にはふさわしくない」という意味です。このように、注釈を通して当時の菊に対する知識や文化的背景を知ることができます。
古歌
注釈と共に、菊を詠んだ古歌が添えられています。作者や歌の意味、解釈などが記されており、菊と文学の深い関わりを示しています。例えば、「扶桑百菊譜」には、次のような古歌が収められています 。
根さへたせ名さへ残らぬまてう津路はんかといと本意なき事に覚ひて見つから拙き筆意て十つゝ十の秀化を模し画きはた古き歌の花に似つかはしきを蒙らしめてかいの巻の内にこ久もうすくも咲見たれたるを名けて扶桑百菊譜
これは、「(菊は)根も残さず、名も残らないで、はかない運命をたどるものだ。そう思うと、とても残念に思えて、拙い筆で100種類の優れた菊を模写し、絵に描いた。また、古い歌の中で、その花に似つかわしいものを選んで添え、この巻に収めた。これを『扶桑百菊譜』と名付ける」という意味の歌です。
「扶桑百菊譜」の文化的・歴史的意義
「扶桑百菊譜」は、江戸時代中期における菊の流行を反映した作品です 。当時の日本では、元禄時代頃から菊の栽培が盛んになり 、多くの品種が作出されました。「扶桑百菊譜」は、こうした菊ブームの中で生まれた、菊の美しさと多様性を後世に伝える貴重な文化遺産です。
また、「扶桑百菊譜」は、植物学的な資料としても価値があります。100種類もの菊の図と注釈は、当時の菊の品種や栽培技術を知る上で重要な手がかりとなります。
さらに、「扶桑百菊譜」は、菊図だけでなく注釈や古歌を添えることで、菊の文化的側面にも光を当てています。これは、本書が単なる植物図鑑ではなく、菊と人との関わり、菊に寄せられた想いを伝えるものであることを示しています 。
類似する作品
菊を題材とした作品は、「扶桑百菊譜」以外にも数多く存在します。ここでは、いくつかの代表的な作品をご紹介します。
きくの百花画:江戸初期に制作されたとされる菊図譜 。
画菊:室町時代の臨済宗の僧侶、潤甫周玉が著した菊図譜
https://www.jbcde.jp/post/___%E7%94%BB%E8%8F%8A
菊花明治::明治24年(1891年)に出版された菊の画集。江戸菊の品種を、日本画家の長田雲堂が描いています 。 https://www.jbcde.jp/post/菊花明治撰-(上之巻のみ)
契花百菊:明治26年に刊行された木版摺りの作品集。絵師の長谷川契華が様々な菊の品種を描いています 。
これらの作品は、それぞれの時代における菊への関心の高さを示すとともに、菊の多様な魅力を伝えています。
終わりに
「扶桑百菊譜」は、江戸時代の菊への情熱を今に伝える貴重な書物です。美しい菊図と詳細な注釈、そして古歌を通して、当時の文化や美意識に触れることができます。菊は、古くから日本の文化と深く結びついており、宮中祭祀や年中行事、文学、芸術など、様々な場面で重要な役割を果たしてきました。現代においても、菊は日本の秋を代表する花として、多くの人々に愛されています。「扶桑百菊譜」のような歴史的な資料は、菊の文化的・歴史的な意義を改めて認識する上で、重要な役割を果たすと言えるでしょう。
上 一
百鞠亭児素仙『百菊譜 2巻』[1],上坂勘兵衛[ほか3名],享保21 [1736]. 国立国会図書館デジタルコレクション https://dl.ndl.go.jp/pid/2554325
下 二
百鞠亭児素仙『百菊譜 2巻』[2],上坂勘兵衛[ほか3名],享保21 [1736]. 国立国会図書館デジタルコレクション https://dl.ndl.go.jp/pid/2554326
参考
扶桑百菊譜 - 国書データベース - 国文学研究資料館
扶桑百菊譜 2巻 - CiNii Research
百菊譜 2巻 - Next Digital Library