谷上廣南は、明治から大正にかけて活躍した日本の図案家、木版画家です。その作品の中でも特に注目されるのが、大正6年(1917年)に刊行された『西洋草花図譜』です。本図譜は、当時日本に流入し始めた西洋の草花を、精緻な木版画で描いた作品集であり、その芸術性と学術性の高さから、今日でも高く評価されています。
谷上廣南の生涯と業績
谷上廣南(1879~1928)は明治12年、京都に生まれました 。京都・大阪を中心に図案家として活躍し、大正14年(1925年)には大阪図案家協会の設立発起人の一人にも名を連ねています 。廣南は、浮世絵師の安藤広重に師事し 、花や植物をテーマとした木版画を数多く制作しました。その多くは、鮮やかな色彩で定評のある芸艸堂から出版されました 。また、廣南は米国に渡った経験もあり 、西洋文化への造詣を深めました。この経験は、後の『西洋草花図譜』の制作にも影響を与えていると考えられます。
廣南の画風の特徴としては、写実性と装飾性を兼ね備えている点が挙げられます。 牡丹「東鏡」では、牡丹の花びらの繊細な質感や、葉脈の細かな様子が写実的に描かれている一方で、背景の金色の装飾や、花弁の輪郭線の強調など、図案的な表現も取り入れられています。このように、廣南は西洋の植物図譜から影響を受けながらも、日本の伝統的な木版画の技法を用いることで、独自の表現を生み出しました 。
『西洋草花図譜』以外にも、廣南は様々な作品を残しています。例えば、『象形花卉帖』は、花を象形文字のようにデザイン化した作品集で、廣南の装飾的な画風が良く表れています 。また、『造形画巧』は、和紙を用いた木版画集で、摺師は佐治が担当しました 。
象形花卉帖 一巻(表紙 二巻は間違い)
谷上広南 編『象形花卉帖』第1巻,芸艸堂,大正12. 国立国会図書館デジタルコレクション https://dl.ndl.go.jp/pid/13578795
象形花卉帖 二巻
谷上広南 編『象形花卉帖』第2巻,芸艸堂,大正15. 国立国会図書館デジタルコレクション https://dl.ndl.go.jp/pid/13578796
象形花卉帖 三巻
谷上広南 著『象形花卉帖』第3巻,芸艸堂,昭和4. 国立国会図書館デジタルコレクション https://dl.ndl.go.jp/pid/1688382
西洋草花図譜の内容と特徴
『西洋草花図譜』は、春之部 壱~貮、夏之部 壱~貮、秋冬之部の計5部構成で、5帖からなる木版画集です 。西洋から渡来した様々な草花が、精緻な描写と鮮やかな色彩で描かれています 。当時の印刷技術の粋を集めた、多色刷りの木版画は、花々の美しさを最大限に引き出しています。
図譜に収録されている草花の種類は、チューリップ、マーガレット、バラ、ヒヤシンスといった、今日では広く知られているものから、セロジネ、オーニソガラム、カラジュームといった、当時としては珍しいものまで多岐にわたります 。それぞれの草花には、和名と学名が併記されており 、植物学的な知識も盛り込まれています。また、 によると、図譜には草花の解説文も添えられており、読者の理解を助けるだけでなく、廣南自身の植物に対する深い関心も窺えます。
廣南は、西洋の植物図譜を参考にしながらも、日本の伝統的な木版画の技法を用いて、独自の表現を追求しました 。輪郭線を明確に描き、色彩を平坦に塗ることで、図案的な要素を強調しています 。例えば、花弁や葉の一枚一枚を、異なる色で塗り分けることで、平面的な画面に奥行きと立体感を与えています。
西洋草花図譜が描かれた時代背景と影響
江戸時代後期から明治時代にかけて、日本は鎖国政策を解除し、西洋との交流を再開しました。それに伴い、西洋の文化や学問が日本に流入し、人々の間に西洋文化への関心が高まりました 。蘭学などを通して、西洋の学問が積極的に吸収され、社会に大きな変化をもたらしました。
植物学の分野においても、本草学から近代植物学への転換が進みました 。シーボルトの来日などにより、西洋の植物学の知識が日本にもたらされ、植物図譜の制作にも影響を与えました 。西洋の植物図譜は、精密な描写と植物学的な正確さを重視するものでしたが、廣南は『西洋草花図譜』において、写実性と装飾性を融合させることで、日本の伝統的な美意識を反映した、独自の植物図譜を創り上げました。
『西洋草花図譜』は、こうした時代背景の中で生まれた、西洋草花画集の嚆矢と言える作品です 。当時の他の植物図譜と比較して、『西洋草花図譜』は、より装飾性が高く、芸術的な表現に重点が置かれている点で、先駆的な作品と言えるでしょう。また、木版画という技法を用いることで、西洋の植物図譜にはない、独特の味わいを生み出しています。
西洋草花図譜の芸術的価値と文化的価値
『西洋草花図譜』は、その精緻な描写と鮮やかな色彩、そして西洋と日本の文化を融合させた独自の表現によって、高い芸術的価値を有しています 。また、当時の西洋文化への関心や植物学の発展を反映した作品としても、重要な文化的価値を有しています 。 本図譜は、植物図鑑としての役割だけでなく、美術作品、デザインの参考資料としても活用されました 。また、現代においても、その美しい図版は、多くの人々を魅了し続けています 。
廣南は、安藤広重に師事し、日本の伝統的な木版画の技法を習得しました。また、米国に渡った経験から西洋文化への理解を深め、その影響を自身の作品に反映させています。廣南の画風は、写実性と装飾性を兼ね備えており、特に『西洋草花図譜』において、その特徴が顕著に表れています。
『西洋草花図譜』は、西洋から渡来した草花を題材とした、精緻な描写と鮮やかな色彩が特徴の木版画集で、当時の西洋文化への関心の高まりや、植物学の発展といった時代背景を反映した作品であり、西洋草花画集の嚆矢として、高い芸術的価値と文化的価値を有しています。
春之部 壱
谷上広南 筆『西洋草花図譜』春之部 1,芸艸堂,大正6. 国立国会図書館デジタルコレクション https://dl.ndl.go.jp/pid/1184991
春之部 貮
谷上広南 筆『西洋草花図譜』春之部 2,芸艸堂,大正6. 国立国会図書館デジタルコレクション https://dl.ndl.go.jp/pid/1184997
夏之部 壱
谷上広南 筆『西洋草花図譜』夏之部 1,芸艸堂,大正6. 国立国会図書館デジタルコレクション https://dl.ndl.go.jp/pid/1185003