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掌中の東海道五十三次:歌川芳重「鉢山図繪」におけるミクロコスモスの創造 『東海道五十三駅鉢山図繪 上巻』

  • 執筆者の写真:  JBC
    JBC
  • 2023年7月25日
  • 読了時間: 5分

更新日:1月11日




作・木村唐船、画・歌川芳重による「東海道五十三駅鉢山図繪 」は、東海道五十三次の各宿場の名所を、鉢植えの盆栽(鉢山)に見立てて描いたユニークな浮世絵シリーズです。本稿では、「東海道五十三駅鉢山図繪 」について、既存の研究や史料に基づき、その特徴や魅力、そして文化的意義について考察していきます。この作品は現在、メトロポリタン美術館に所蔵されています。   




歌川広重と「東海道五十三次」


「東海道五十三駅鉢山図繪 」を理解する上で、まず歌川広重とその代表作「東海道五十三次」シリーズについて触れておく必要があります。歌川広重(1797-1858)は、江戸時代後期の浮世絵師であり、風景画の名手として知られています。彼の「東海道五十三次」シリーズは、江戸から京都までの東海道沿いの五十三の宿場と、それに加えていくつかの風景を描いたもので、浮世絵の中でも特に人気が高く、広く知られています。 広重の風景画は、緻密な描写と大胆な構図、そして叙情的な表現が特徴であり、当時の旅人たちの心を捉え、旅への憧憬をかき立てました。   


広重の「東海道五十三次」は、後の浮世絵師たちに大きな影響を与え、「東海道五十三次」を題材とした作品が数多く制作されました。歌川芳重もその一人で、広重の門人として、その画風を強く受け継いでいます。 芳重は、広重の「東海道五十三次」シリーズを参考にしながら、独自の視点と表現で鉢山図絵を制作しました。 各宿場の風景を鉢植えの中に凝縮し、ミニチュアの世界を作り出すことで、広重とは異なる魅力を生み出しています。   


「鉢山図繪 」の特徴


作者の木村唐船は大坂の知識人とされますが、その生涯については不明です。「鉢山図繪 」は、各宿場の名所を、鉢植えの盆栽に見立てて描いた作品です。 各図に描かれているのは、山や川、橋、建物など、その宿場を象徴する風景であり、これらが鉢の中に精巧に表現されています。   


例えば、草津の図では、「瀬田より石山ヲ見」と題し、旅人が渡る瀬田の唐橋と、石山寺が鉢の中に表現されています。 また、大津の図は、「矢橋より舟付」と題し、矢橋から来た帆船が大津の湊の突堤に着こうとする風景が描かれています。 これらの風景は、広重の浮世絵を参考にしていると考えられており、 芳重が、広重の作品を深く研究していたことが伺えます。   


鉢山図繪 のもう一つの特徴は、鉢そのものの多様性です。 各図で異なる形状、柄、色の鉢が用いられており、 全53図を通して同じ鉢は一つとしてありません。 これらの鉢は、木村唐船が制作した鉢山水を模写したものとされています。   


さらに、「鉢山図繪 」は、『占景盤図式』という、大坂の絵師・墨江武禅が作った盆栽図集を参考にしている点も重要です。 しかし、『占景盤図式』が中国風の景色を模したもので、特定の場所を示すものではないのに対し、「鉢山図繪 」は五十三次の地に息づく景色と歴史を可視化しており、その点で両者は大きく異なります。   


「鉢山図繪 」の文化的意義


「鉢山図繪 」は、単なる風景画ではなく、当時の文化や風俗を反映した作品でもあります。鉢植えの盆栽は、江戸時代に流行した園芸文化の一つであり、 人々は、自然の風景を縮小して楽しむことを好みました。   


鉢山図繪 は、この盆栽文化と、広重の浮世絵によって大衆化された東海道旅行ブームを融合させた、まさに時代を象徴する作品と言えるでしょう。 当時の江戸の人々は、旅に出かけなくても、自宅で鉢山を眺めることで、東海道の名所を巡る旅気分を味わうことができたのです。これは、江戸時代の都市化が進み、人々の生活空間が狭まる中で、自然への憧れを満たす手段として、盆栽や鉢山が重要な役割を果たしていたことを示唆しています。   


また、「鉢山図繪 」は、風景を立体的に表現するという点で、従来の浮世絵とは異なる斬新な試みでした。 鉢植えという限られた空間に、名所の風景を凝縮することで、見る者に新たな発見と感動を与えています。   


「鉢山図繪 」と他の「東海道五十三次」シリーズとの比較


「鉢山図繪 」は、広重の「東海道五十三次」シリーズを参考にしているものの、独自の表現方法によって、異なる魅力を生み出しています。広重の作品が、旅情や叙情性を重視した風景画であるのに対し、「鉢山図繪 」は、風景を小型化することで、装飾性や遊戯性を強調しています。また、広重の作品が、主に風景そのものを描いているのに対し、「鉢山図繪 」は、鉢植えという人工物を加えることで、自然と人工の対比を表現しています。

この自然と人工の対比は、単なる構図上の工夫にとどまらず、 deeper な意味を含んでいると考えられます。鉢は、自然を人間の管理下に置くことを象徴しているとも解釈できますし、あるいは、自然を美的に鑑賞するための枠組みとして機能しているとも考えられます。いずれにしても、鉢の存在によって、風景は単なる自然の再現ではなく、人間の視点や解釈が加わったものとして表現されていると言えるでしょう。

 


「東海道五十三駅鉢山図繪 」は、歌川広重の「東海道五十三次」シリーズの影響を受けながらも、風景を鉢植えの盆栽に見立てるというユニークな発想と、精巧な描写によって、独自の芸術世界を築き上げた作品です。

その表現方法からは、当時の文化や風俗、特に盆栽文化と東海道旅行ブームの融合、そして自然と人工の関係性に対する関心の高まりを読み取ることができます。また、鉢山図繪 は、現代においても美術品、歴史的資料として高い価値を有しており、今後の研究の進展によって、その文化的意義がさらに深く解明されることが期待されます。



今後の研究の展望


本稿では、「東海道五十三駅鉢山図繪 」の概要とその特徴、文化的意義について考察しました。しかし、本作品については、まだ多くの研究課題が残されています。例えば、

  • 木村唐船の生涯や作品について、より詳細な調査を行うこと。

  • 「鉢山図繪 」に描かれている植物や岩石の種類を特定し、その象徴的な意味を考察すること。

  • 「鉢山図繪 」と、中国の盆景文化との関連性を明らかにすること。

などが挙げられます。これらの課題を深く研究することで、「東海道五十三駅鉢山図繪 」の理解をより深めることができると考えられます。







所蔵  メトロポリタン美術館

作家  歌川芳重

制作年 1848年


Culture: Japan

Dimensions: each: 9 13/16 × 6 13/16 in. (25 × 17.3 cm)

Department: Asian Art

Classification: Illustrated Books

Credit Line: Purchase, Mary and James G. Wallach Foundation Gift, 2013

Period: Edo period (1615–1868)

Object Name: Illustrated books

Medium: Set of two woodblock printed books; ink and color on paper




















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