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高野山の霊木 高野槇:歴史と信仰が育む森の神秘


高野山 壇上伽藍 中門
高野山 壇上伽藍 中門 

高野山は、和歌山県北部にある標高約800mの山上盆地に位置する、真言密教の聖地です 。1200年前に弘法大師空海によって開かれ、以来、多くの参詣者を集めてきました。高野山には、歴史的な建造物や仏像、そして豊かな自然など、見どころがたくさんありますが、その中でも特に印象的なのが、高野槇の深い緑です。高野槇は、高野山に多く自生する常緑針葉樹で、その名は高野山に由来しています。   


この記事では、高野山における高野槇の分布状況、文化的・宗教的意義、保護状況、そして見どころについて詳しく解説し、高野山と高野槇の深いつながり、そしてその魅力に迫ります。




高野山における高野槇の分布


高野槙群生
高野槇群落

高野槇は、福島県以西の本州、四国、九州に分布する日本固有種です。コウヤマキ科コウヤマキ属に属する唯一の種であり、まさに生きた化石と言える貴重な存在です。高野山は、高野槇の分布の中心であり、特に尾根筋などの岩場によく生育しています。高野山では、赤松、杉、檜、栂、樅と並ぶ「高野六木」に数え上げられ、古くから大切にされてきました 。興味深いことに、長野県木曽地方では、檜、椹、鼠子(黒檜)、翌檜と並んで「木曽五木」の一つにも数えられています。   


高野山全体に高野槇は分布していますが、正確な本数は分かっていません。特に集中して生育している場所としては、以下の場所が挙げられます。   


場所

説明

主な特徴

高野山高野槇植物群落保護林

女人堂の近くに位置する、国の保護林。大正7年に学術参考保護林に指定され、平成2年に現在の名称に変更されました。

約30ヘクタールの面積に、樹齢120~280年の高野槇が群生しており、原生状態に近い高野槇林を見ることができます。

奥の院参道

弘法大師空海が眠る奥の院へと続く参道。

樹齢数百年の杉の巨木とともに、高野槇が数多く生育しています。荘厳な雰囲気の中で、高野槇の静寂な佇まいを感じることができます。

壇上伽藍周辺

高野山の中心的なエリアである壇上伽藍周辺。

高野槇が多く見られます。特に、金剛峯寺境内を囲む峰々を伝う結界道には、高野槇の並木道があり、神秘的な雰囲気を醸し出しています。


高野槇は成長が非常に遅い樹木であり、年間10~20cm 程度しか成長しません。そのため、高野山に生育する高野槇の中には、樹齢数百年を超える巨木も存在します。例えば、福島県には樹齢1200年を超える高野槇があり、栃木県には樹齢400年の高野槇が天然記念物に指定されています。これらの巨木は、高野山の歴史を見守ってきた生き証人と言えるでしょう。   


高野槇 
伝弘法大師御手植え 高野槇




高野山における高野槇の文化的・宗教的意義


高野槇は、高野山において単なる樹木ではなく、深い文化的・宗教的意義を持つ存在です。その歴史は古く、古墳時代にはすでに高野槇製の棺が用いられていました 。『日本書紀』にも高野槇が棺の材料として適しているという記述があります。これは、高野槇の材が水に強く、耐久性に優れているためです。また、高野槇は常緑樹であることから、常に青々として生命力の象徴とされ、その小枝を仏前に捧げるようになったとも考えられています。   


高野山では、弘法大師空海が高野槇の枝葉を仏前に供えたという言い伝えがあり、現在でも仏花として、あるいは他の供花と組み合わせて用いられています。特に、正月、彼岸、盆などの仏事には欠かせない存在となっています。かつて高野山に仕えていた花摘道心や夏衆と呼ばれる僧侶たちは、山に入り、その時節の花や高野槇の枝葉を採取して、高野山に供給していました。   


高野槇 枝葉
高野槇 枝葉

高野槇が仏花として用いられるようになった背景には、かつて高野山で「禁植有利竹木」という決まりがあったことが挙げられます。これは、果樹や花を咲かせる木を植えることを禁じるもので、その代わりに高野槇が選ばれたと言われています。   


また、高野槇は、その真っすぐに伸びる姿から、成長や発展を象徴する木としても捉えられています。例えば、2006年に誕生した悠仁親王のお印として高野槇が選ばれたのは、まさにその象徴的な意味合いからです。   


高野槇には、木の精霊が宿っているという伝説もあります。木の精霊は、高野槇の先端に腰かけていると言われており、木を横にすると転がり落ちてしまうため、注意が必要とされています。   



高野六木


高野山では、赤松、杉、檜、栂、樅、そして高野槇の6種類の針葉樹を総称して「高野六木」と呼びます 。これらの樹木は、寺院や伽藍の建築や修繕のために古くから大切に育てられてきました。   


かつて高野山では、寺院や伽藍の建築や修繕以外の目的でこれらの樹木を伐採することは禁じられていました。これは、森林資源の保護と、持続可能な森林経営を行うための施策でした。この「高野六木」制度は、現在も「高野山寺領森林組合」によって引き継がれ、高野槇を含む森林の保護と管理が行われています。   


高野槇 幼木
高野槇 幼木



高野山における高野槇の保護


高野槇の文化的・宗教的意義は、その保護にも深く関わっています。人々は、高野槇を神聖な木として崇め、大切に守り育ててきました。

高野槇の材は、水湿に強く、耐久性にも優れているため、風呂桶や飯櫃、流し板など、様々な用途に利用されてきました。その樹皮は「マキハダ」と呼ばれ、和船や桶などの隙間に充填材として使われていました。高野山では、高野槇の樹皮を船の浸水防止剤として利用していたという記録も残っています。   


しかし、高野槇は成長が遅いため、乱伐が続けばすぐに枯渇してしまう恐れがありました。そこで、江戸時代には、高野山で「高野六木」が定められ、寺院の修繕用材以外の伐採が禁止されました。これは、森林資源の枯渇を防ぎ、持続可能な森林経営を行うための施策でした。この「高野六木」制度は、現在も「高野山寺領森林組合」によって引き継がれ、高野槇を含む森林の保護と管理が行われています。   


また、高野山では、高野槇の枝葉を仏花として利用するため、定期的に枝を剪定しています。しかし、この剪定によって高野槇の樹形は大きく変化します。自然に成長した高野槇は、まっすぐに高く伸びますが、繰り返し剪定された高野槇は、節くれだって曲がりくねった形になります。   


高野槇は、かつて北半球に広く分布していましたが、現在では日本と韓国の済州島にのみ生育する希少種となっています。高野山は、世界でも有数的高野槇の群生地であり、その保護は、生物多様性の保全という観点からも非常に重要です。   




高野山における高野槇の見どころ


高野山には、高野槇を鑑賞できるスポットが数多く存在します。


  • 高野山高野槇植物群落保護林:原生状態に近い高野槇林を散策することができます。遊歩道も整備されており、自然と触れ合いながら高野槇を観察することができます。   

  • 奥の院参道:杉の巨木と高野槇が織りなす神秘的な空間を歩くことができます 。歴史的な建造物や墓石も多く、高野山の歴史と文化を感じながら高野槇を鑑賞することができます。   

  • 壇上伽藍周辺:金剛峯寺境内を囲む結界道には、高野槇の並木道があります。また、壇上伽藍の根本大塔や金堂など、歴史的な建造物と高野槇の調和を楽しむことができます。総本山金剛峯寺や壇上伽藍に設けられている木柵も高野槇材でできています。   

  • 女人道:かつて女性が高野山に参詣できなかった時代に、女性が歩いたとされる道です 。高野槇をはじめとする高野山の自然を満喫することができます。   

  • 苅萱堂:苅萱道心と石童丸の物語にまつわるお堂です。高野山にまつわる伝説の一つを学ぶことができます。   


高野槇を鑑賞する際には、以下の点に注意しましょう。


  • 高野槇は成長が遅いため、若木と老木では見た目が大きく異なります。若木は、すらりとした樹形をしていますが、老木になると、枝が複雑に絡み合い、風格のある姿になります。

  • 高野槇は、3~5月頃に花を咲かせます。雄花はクリーム色、雌花はオレンジ色を帯びた緑色で、枝先に咲きます。   

  • 高野槇の球果(松ぼっくり)は、開花から1年以上経った翌年の10~11月頃に熟します。直径6~12cm ほどの大きさで、中には種子が入っています。   


高野槇 球果
高野槇 球果



最後に


高野山における高野槇は、単なる樹木ではなく、歴史、文化、信仰と深く結びついた存在です。その独特の景観と宗教的な意義は、高野山の魅力をさらに高めています。高野山を訪れる際には、ぜひ高野槇の森に足を踏み入れ、その神秘的な雰囲気を体感してみてください。深い緑に包まれた高野槇の森は、きっとあなたの心を癒し、忘れられない思い出となるでしょう。





参考


『高野山と高野槇』(高野山霊宝館)


『木曽五木と高野六木』(和歌山県林業試験場)


森林総合研究所九州支所 (2012). 高野山における高野槇人工林の成長と施業. 森林総合研究所研究報告, 11(4), 205-210.   


農林水産省 (2023). 高野山における高野槇の持続的栽培と伝統的な森林 経営. 日本農業遺産.   


和歌山県教育委員会文化遺産課 (2014). 高野山結界道. 和歌山県文化財調査報告書.   


高野山寺領森林組合: https://www.forest-koya.com/    




高野山高野槙の里: http://koya-maki.com/    


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