睡れる花:海棠
- JBC
- 3月19日
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花海棠(ハナカイドウ、学名:Malus halliana)は、春に美しい淡紅色の花を咲かせることで知られるバラ科リンゴ属の落葉高木であり、日本においても観賞用として広く植栽されています。その優雅な姿と、桜を思わせる華やかな花は、日本の庭園や公園を彩り、多くの人々に愛でられています。庭木としての利用はもちろん、盆栽としても古くから親しまれてきました。
花海棠は、一般的には、海棠、垂絲海棠(スイシカイドウ)、などの別名でも呼ばれています。垂絲海棠という名前は、中国名である垂絲海棠に由来し、その花が垂れ下がって咲く特徴をよく表しています。ただし、「海棠」という名前は、花海棠(ハナカイドウ)だけでなく、他の近縁種を指す場合もあり、注意が必要です。このように複数の名前が存在することは、この樹木が日本文化に深く根付いている証拠と言えるでしょう。
日本における花海棠の植物学的特徴
花海棠は中国原産であり、日本では北海道南西部から本州、四国、九州にかけて広く植栽されています。特に、関東地方以南での栽培が盛んです。落葉広葉樹であり、低木から小高木に分類され、樹高は通常4〜8メートルに達します。庭で栽培する場合には、剪定によって樹高を2メートル程度に抑えることも可能です。幹の下部から枝分かれするようにやや不規則な樹形を形成し、樹皮は暗灰色で皮目があり、比較的滑らかです。一年枝は明るい褐色で光沢があり、短い枝(短枝)がよく発達します。性質は強健で育てやすいとされています。
花期は4月頃で、短枝の先に淡紅色の花が4〜6個垂れ下がって咲きます。花の直径は3.5〜5センチメートルで、花弁は一重または半八重で、その数は5〜10枚です。花には長さ3〜6センチメートルの花柄がつきます。八重咲きの品種も存在します。興味深いことに、花弁の色が変化する品種もあり、赤い蕾が開花するとピンク色に変わり、徐々に色が薄れて白い花弁へと変化し、散る頃には葉が出始める種類もあります。
果実は直径2センチメートルほどの小さなリンゴのような形をしており、秋(10月)に暗赤色から黄色に熟します。花後の赤い実は食用にすることもできますが、雄しべが退化している花が多いため、結実することは稀です。
冬芽は5〜7枚の芽鱗に包まれた鱗芽で、卵形または長卵形で赤褐色をしています。枝の先端には頂芽がつき、側芽は枝に沿って互生し、頂芽は側芽よりも大きいです。短枝の先端には花芽がつきます。葉痕は半円形または三日月形で、維管束痕が3個あります。葉には托葉が存在します。
花海棠の花が下向きに咲くのに対し、近縁種の実海棠(ミカイドウ、Malus micromalus)は花が上向きに咲く点が大きな違いです。また、実海棠は秋に2センチメートル前後のリンゴのような果実をつけ、食用にできます。酸実(ズミ、Malus sieboldii)は北海道から東北中北部の寒冷地に自生し、白い花を咲かせる点で花海棠とは異なります。これらの違いを認識することで、それぞれの種を正確に識別することができます。
日本における花海棠の歴史
花海棠、本海棠(ホンカイドウ、Malus spectabilis)、実海棠は中国原産で、日本に渡来したのは14世紀頃の室町時代とされています。しかし、江戸時代に薬用植物として渡来したという説もあります。このように渡来時期に関して複数の説があることは、当時の記録の曖昧さや、異なる経路での伝来があった可能性を示唆しています。
江戸時代には、現在一般的に海棠と呼ばれる花海棠よりも、むしろ実海棠の方が海棠と呼ばれていました。花海棠がその美しい花で人気を集め、現在では海棠といえば花海棠を指すことが多くなりました。花海棠という和名は、中国名の「海棠」をそのまま日本語読みしたもので、「花」という字を加えることで、先に日本に渡来していた「実海棠」に対して、特に花が美しいことを強調する意味合いがあったと考えられています。また、中国名である「垂絲海棠」は、その花柄が長く、花が下方向に垂れる様子を表しています。
花海棠は、中国の唐の時代の楊貴妃の故事とも深く結びついています。玄宗皇帝が、酔って眠りから覚めた楊貴妃の美しいたたずまいを「海棠の眠り未だ足らず」と形容したとされ、この故事から花海棠は「睡れる花」とも呼ばれ、美人の形容としても用いられるようになりました。この逸話は、花海棠を単なる観賞植物以上の、美と優雅さの象徴として捉える日本の文化的な背景を理解する上で重要です。
日本で見られる花海棠(ハナカイドウ)の品種と種類
日本においては、花海棠)のいくつかの園芸品種に加えて、近縁の種も見られます。これらの多様性は、日本の園芸文化におけるリンゴ属の重要性を示しています。
花海棠の主な品種
八重海棠:花海棠(ハナカイドウ)の花が八重咲きになる品種で、花冠が大きく見応えがあります。学名はMalus halliana‘Parkmanii’です。
枝垂れ海棠(シダレカイドウ):枝が枝垂れる樹形が特徴で、優美な姿をしています。学名はMalus halliana‘Pendula’です。
受け咲き海棠(ウケザキカイドウ):紅林檎またはリンキとも呼ばれ、花梗が太く、花が下垂せずに上を向いて咲きます。学名はMalus beniringoです。
日本に自生または導入された近縁種
酸実(ズミ):三葉海棠(ミツバカイドウ)または小梨(コナシ)、梨(サナシ)とも呼ばれ、北海道から東北中北部の寒冷地の湿り気のある土地に多く生育しています。白い花を咲かせます。学名はMalus sieboldiiです。
本海棠(ホンカイドウ):中国原産で、花海棠などと共に室町時代頃に日本に渡来しました。学名はMalus spectabilisです。
実海棠(ミカイドウ):こちらも中国原産で、江戸時代にはむしろ海棠と呼ばれていました。花は上向きに咲き、食用になるリンゴのような実をつけます。別名、深山海棠。学名はMalus micromalusです。
斑入り海棠(フイリカイドウ):葉に白い斑が入るのが特徴的な品種です。
野海棠(ノカイドウ):日本原産の種で、宮崎県・鹿児島県にわずかに分布し、白い花を咲かせます。学名はMalus spontaneaです。宮崎県高鍋町には、淡いピンク色の花を咲かせる固有種である高鍋海棠も存在します。
筑紫海棠(ツクシカイドウ)/チャカイドウ:熊本県や大分県に自生する品種で、白い花が美しく観賞用に栽培されます。
これらの多様な品種と種類が存在することは、日本の気候や風土への適応、そして園芸家たちの熱心な品種改良の成果と言えるでしょう。
日本における花海棠の文化的意義
花海棠は、その美しい花姿から、様々な花言葉や象徴的な意味を持っています。一般的な花言葉としては、「温和」「艶麗」「美人の眠り」などが挙げられます。これらの花言葉のうち、「美人の眠り」と「艶麗」は、中国の楊貴妃の故事に由来すると言われています。穏やかで優しい印象から「温和」という花言葉も生まれたと考えられています。また、「友情」という花言葉も知られています。
前述の楊貴妃との関連性は、花海棠が単なる植物としてだけでなく、美や優雅さを象徴する存在として、日本を含む東アジア文化圏で捉えられてきたことを示しています。
花海棠は、日本の文学、芸術、詩歌においてもその姿を見ることができます。大正時代の京都と東京を舞台にした恋愛ドラマでは、登場人物たちの関係性を彩る要素として登場しました。絵画においては、呉春(松村月渓)の「海棠孔雀図」、伊藤若冲の「海棠目白図」、円山応挙の作品、大平小洲の「海棠牡丹図」など、多くの作品で描かれてきました。これらの絵画は、花海棠の美しさが日本の画家たちを魅了してきたことを物語っています。また、ノーベル文学賞を受賞した川端康成の短編集「海棠花未眠」は、そのタイトルに花海棠の花を用い、繊細で美しい世界観を表現しています。俳句や和歌においても、花海棠は春の風物詩として詠まれてきました。
海棠孔雀図

海棠に山鵲図

尾長鳥図

日本の庭園や景観においても、花海棠は重要な役割を果たしています。早春に咲く花は、他の植物がまだ目覚める前の庭を華やかに彩ります。若木のうちから多くの花をつけるため、狭いスペースにも植栽しやすいという利点もあります。生垣としても利用され、庭のアクセントとしても人気があります。桜の開花時期と前後して咲くため、両者を組み合わせて植えることで、より長い期間花を楽しむことができます。風水の観点からは、花海棠を庭の南東に植えると人間関係が円滑になるとも言われています。
岡山県矢掛町の吉祥寺では、毎年4月上旬に花海棠の花を楽しむ「海棠まつり」が開催されます。この祭りには多くの人が訪れ、地域の人々による温かいもてなしを受けながら、美しい花海棠の花を鑑賞します。樹齢120年と推定される古木もあり、地域の人々にとって花海棠が特別な存在であることが伺えます。
さいごに
花海棠は、その美しい花と優雅な姿で、日本において古くから愛されてきた樹木です。中国原産でありながら、日本の気候風土に適応し、庭木や盆栽として広く栽培され、春の景観に欠かせない存在となっています。その特徴的な花の形や色、そして楊貴妃の故事に由来する花言葉は、日本の文化や芸術にも深く根ざしています。また、様々な品種や近縁種が存在することで、多様な楽しみ方が提供されています。適切な栽培と手入れを行うことで、毎年美しい花を咲かせ、日本の園芸文化と自然美を豊かにしてくれるでしょう。