top of page
  • noteのアイコン
  • Instagram

江戸時代の本草学と西洋植物学の融合:飯沼長順の草木図説(草部一~十巻)


日本の園芸文化を理解する上で、飯沼長順の草木図説は重要な書物のひとつです。草木図説は、江戸時代の本草学と西洋の植物学を融合させた、日本最初の近代的な植物図鑑といえます。



草木図説とは

草木図説は、草類1250種、木類600種の植物学的に正確な解説と写生図から成る植物図鑑です 。草部は全20巻、木部は全10巻から構成されています 。草部は1852年頃に完成し、1856年から1862年にかけて出版されましたが、木部は未刊に終わりました 。その後、昭和52年に木部が出版(植物学者・北村四郎編注)されました。


飯沼長順について

飯沼長順は、江戸時代の蘭方医であり、植物学者でもありました 。1783年に三重県亀山市に生まれ、大垣の医師・飯沼長顕に師事し、後に京都の福井丹後守にも学びました 。その後、大垣で開業医として活躍する傍ら、本草学の大家・小野蘭山に師事し、植物学研究に傾倒していきました 。彼は文政12年には弟子と共に岐阜県下で初めての人体解剖を行い、医学の発展にも貢献しています 。50歳で医業を引退し、大垣郊外に別荘「平林荘」を建て、研究に没頭しました 。この平林荘にこもり、慾斎は30年もの歳月をかけて植物の観察と研究を行い、70歳で草木図説を完成させました 。   


草木図説の特徴

草木図説は、従来の本草学に基づく植物図鑑とは異なり、リンネの分類法を取り入れた、近代的な二命名法を用いた点で画期的でした 。部分図も多く描かれ、観察には顕微鏡も活用されました 。また、葉の表を黒色、裏を白色で描き分けるなど、写生図の精緻さにも特徴があります 。   


草木図説の稿本には、慾斎自身の手による印葉図と呼ばれる植物の拓本が約57点も含まれています 。印葉図は、ヨーロッパで発達した技法で、生乾きの植物に墨を塗って紙に転写することで、植物の細部まで鮮明に写し取ることができます。当時のヨーロッパの植物図鑑に影響を受け、慾斎自身もこの技法を習得し、草木図説の制作に活かしていたことが分かります。   


草木図説と日本の園芸文化

草木図説は、日本の園芸文化に大きな影響を与えました。


近代植物学への道

草木図説は、日本の植物学を近代化へと導く役割を果たしました。リンネの分類法を採用したことで、植物研究の精度が向上し、その後の植物図鑑や研究に大きな影響を与えました 。近代教育がまだ確立されていない時代に、草木図説のような科学的な植物図鑑が登場したことは、日本の学術史において特筆すべき出来事と言えるでしょう。   


園芸文化への影響

草木図説は、園芸文化にも間接的な影響を与えたと考えられます。詳細な植物図と解説は、園芸家にとって貴重な情報源となり、植物への関心を高めることに繋がった可能性があります。


江戸時代の園芸ブーム

江戸時代は、園芸が庶民の間にも広まり、多様な園芸書が出版されました 。18世紀中頃からは、ツバキやサクラなどの樹木中心の園芸から、草花が主役となる園芸へと変化し、オモト、アサガオ、マツバラン、ハナショウブ、フクジュソウなどが流行しました 。また、斑入りの植物や変化朝顔など、世界的に見ても珍しい品種が人気を集めました。草木図説のような学術的な植物図鑑も、識字率の高い江戸庶民に読まれ、植物への関心を高めたと考えられます 。   


草木図説と他の植物図鑑

草木図説は、岩崎灌園の『本草図譜』 など、先行する植物図鑑と比較することで、その独自性と革新性をより深く理解することができます。『本草図譜』は、中国の本草学に基づいており、図は簡略化されていました。一方、草木図説は、西洋の植物学を取り入れ、リンネの分類法を採用することで、より科学的な記述と正確な図を実現しました。また、『絵本野山草』や『花彙』 などのように、彩色された美しい図で植物を紹介する図鑑もありましたが、草木図説は、白黒の図でありながら、葉の表裏を描き分けるなど、細部まで正確に描写することに重点を置いています。   


現代における草木図説


草木図説の評価

現代においても、草木図説は植物学や本草学の研究において重要な資料として高く評価されています。また、美しい写生図は美術的な価値も認められています。


結論

飯沼長順の草木図説は、江戸時代の本草学と西洋植物学を融合させた画期的な植物図鑑です。リンネの分類法を採用し、詳細な観察に基づいた正確な図と解説を提供することで、日本の植物学を近代化へと導きました。また、草木図説は、江戸時代の園芸ブームの中で、人々の植物への関心を高め、園芸文化の発展にも貢献したと考えられます。


参考文献

  • 飯沼慾斎. (1856-1862). 草木図説.

  • 飯沼慾斎. (2007). 近世植物・動物・鉱物図譜集成 第9巻 新訂草木図説 草部 (原文篇・解読篇・索引篇). 科学書院.

  • 飯沼慾斎, 木村陽二郎. (1988). 四季草花譜―〔草木図説〕選. 八坂書房.





草部 一


飯沼, 慾斎 ほか『草木図説前編 20巻』,出雲寺文治郎[ほか12名],安政3. 国立国会図書館デジタルコレクション https://dl.ndl.go.jp/pid/2608619






草部 二