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日本の夏を彩る「鬼灯(ホオズキ)」:その歴史と文化の息吹

  • 執筆者の写真:  JBC
    JBC
  • 3 日前
  • 読了時間: 12分


ホオズキ
六角状の萼(がく)が発達して果実を包む

1. 提灯に宿る、夏の神秘への誘い


日本の夏。蒸し暑さの中に、ふと涼やかな風が吹き抜ける夕暮れ時。提灯の柔らかな灯りが揺れる盆棚の傍らで、ひときわ鮮やかな朱色の実が、静かに、しかし確かに存在感を放っています。それは、古くから日本の暮らしに寄り添い、私たちを神秘の世界へと誘う植物、「ホオズキ」です。なぜこの植物は、日本の夏、そしてお盆の象徴として深く根付いてきたのでしょうか?その提灯のような姿に、一体どのような物語が秘められているのでしょうか?

この記事では、日本花卉文化株式会社のウェブサイトを訪れる、日本の花卉/園芸文化の歴史に興味がある方、日本の伝統に触れたい方、そして植物の奥深さを知りたいと願う全ての方に向けて、ホオズキが持つ植物としての魅力、そして日本文化の中で育まれたその歴史、文化的意義、そしてそこに流れる哲学を紐解いていきます。ホオズキを通して、日本の美意識と精神性に触れる旅へとご案内します。



2. ホオズキとは:提灯を纏う神秘の植物



2.1. 概要と植物学的特徴


ホオズキ(鬼灯・酸漿、学名:Physalis alkekengi)は、ナス科ホオズキ属に属する一年草、多年草、または宿根草です。その最も特徴的な外観は、夏から初秋にかけて朱色から赤く色づく、提灯のような袋状の「萼(がく)」です。この萼の中に球形の果実が包まれており、その鮮やかな色彩が人々の目を惹きつけます。   


ホオズキは草丈が60~80cm 、あるいは30~100cm  に成長します。梅雨の時期には、葉の付け根から小さく目立たない白から淡黄色の花を下向きに咲かせます。花は漏斗形(トランペット形)で、先端が5つに浅く裂ける特徴があります。葉は緑色の楕円形で、葉の縁にはギザギザがあり、茎に互生して付きます。   


ホオズキの果実は有毒であり、食用には適しません。しかし、ホオズキ属には、実が黄色く食用となる「ショクヨウホオズキ(Physalis pruinosa)」などの近縁種も存在し、これらは食用の目的で栽培されています。   



2.2. 主な種類と園芸的側面


ホオズキは比較的育てやすい植物として知られ、耐寒性・耐暑性ともに強い特性を持っています 。この丈夫さも、古くから日本で親しまれてきた理由の一つです。   


観賞用としては、実が大きく切り花に適した「丹波大実ホオズキ」や、草丈が15〜20cmと小型で鉢植え向きの「サンズンホオズキ」など、用途に応じた品種が存在します。また、通常は提灯のような袋状になる萼が、なぎなたの刃のような形になって垂れ下がる「ヨウラクホオズキ(ナギナタホオズキ)」のような独特な変種もあり、その多様性が日本の園芸文化を豊かにしています。   


さらに、ホオズキの袋状の萼は、よく熟したものを数日水につけておくと、柔らかい組織が溶けて葉脈だけが網目状に残るという特性があります。この網目状になったホオズキは非常に美しく、ドライフラワーやインテリアの装飾品としても利用され、その姿を長く楽しむための人々の工夫が凝らされています。   


ホオズキが単なる植物としてではなく、特定の文化的な役割を担うようになった背景には、その「提灯のような袋状の萼」という視覚的特徴が大きく関係しています。この形と、夏から秋にかけて朱色から赤く色づく鮮やかな色が、日本の夏の夜の風物詩である「提灯」と重なり、視覚的な類似性が文化的な意味付けを加速させました。この形態的な特徴は、ホオズキが光の象徴、あるいは道しるべとしての役割を担う上で極めて重要な要素となりました。さらに、網目状に加工できる特性は、その美しさを長く楽しむための人々の知恵であり、ホオズキが単なる生きた植物に留まらず、工芸品や装飾品へと昇華される可能性を秘めていたことを示しています。この「提灯」という形態は、単なる光の象徴に留まらず、「魂の滞在場所」という、より深い精神的な意味合いを持つに至ります。これは、形が持つ象徴的な力が、人々の信仰や死生観と結びつき、植物に新たな「生命」や「役割」を与えた好例と言えるでしょう。


ホオズキ
皮が網目状に透けて、中に赤い実が見える

3. 歴史と背景:古より日本に息づくホオズキの足跡



3.1. 日本への伝来と初期の利用


ホオズキが日本に伝わったのは室町時代からとされていますが 、私たちが「ホオズキ」として親しむPhysalis alkekengiは、東ヨーロッパ、中国、そして日本を原産とする説が有力です 。日本には古くから自生する在来種もあり、観賞用として栽培されてきました。   


古くは「カガチ(輝血)」や「アカカガチ(赤輝血)」と呼ばれ、これは日本神話に登場するヤマタノオロチの目を連想させるという、神話的な背景も持ち合わせていました。この呼び名は、ホオズキの鮮烈な赤色と、その神秘的な印象を古の人々がどのように捉えていたかを示唆しています。   



3.2. 薬用としての歴史


ホオズキは古くから薬用としても重宝されてきました。全草が微量のアルカロイドやソラニンを含有し、特に地下茎は「酸漿根(さんしょうこん)」と呼ばれ、咳止め、解熱、利尿作用があるとされていました。   


平安時代には鎮静剤として、江戸時代には堕胎剤としても利用された記録があります。また、江戸時代には青ホオズキが解熱剤や婦人の胎熱に特効があると言われていました。現在でも、咳や痰、解熱、冷え性などに効果がある民間薬として、全草を干して煎じて飲む風習が残る地方も存在します。ただし、ナス科植物であるため微量の毒性があり、酸漿根の部分は子宮緊縮作用を有するヒストニンを含有するため、妊娠中の服用は流産の危険があることから注意が必要です。   


ホオズキには実際の薬効と、呪術的な薬効の両方が信じられていました。例えば、愛宕神社の縁日では「ホオズキを水で鵜呑みにすると、大人は癪を切り、子供は虫の気を去る」という民間信仰がありました。これは、当時の人々が自然の恵みと、目に見えない力(神仏の加護や霊的な効能)を区別せず、複合的に捉えていたことを示唆しています。科学的知識が未発達な時代において、植物の持つ特定の効能(例:鎮静作用)と、その植物にまつわる縁起や言い伝えが結びつき、より強力な「薬」として認識されたと考えられます。特に、愛宕神社の「御夢想の虫薬」という表現は、夢のお告げという超自然的な要素が、具体的な薬効と結びつけられた典型例です。このような薬用としての側面が、後の「ほおずき市」の起源に深く関わっています。浅草寺のほおずき市は、もともと解熱薬として利用されていた同じホオズキ属のセンナリホオズキを買い、夏の病気に備えたのが始まりとされています 。単なる観賞用ではなく、人々の健康や生活の不安を和らげる存在として、ホオズキが日常に深く浸透していた証拠であり、これがその後の文化的象徴としての地位を確立する土台となりました。   



3.3. 子供の遊びと日常生活


観賞用として栽培される傍ら、ホオズキの果実は子供たちの遊び道具にもなりました。中身を取り除いて口に含み音を鳴らしたり、風船のように膨らませたりして遊ばれていました。これは、ホオズキが単なる薬用植物や観賞植物に留まらず、人々の生活に身近な存在として、特に子供たちの創造性を育む役割も果たしていたことを示しています。   



3.4. 「ほおずき市」の起源と発展


「ほおずき市」の歴史は、東京都港区芝にある愛宕神社の縁日に由来すると言われています。この縁日では、ホオズキを水で鵜呑みにすると、大人の癪(しゃく)や子供の虫の気を治すという信仰がありました。   


特に有名なのが、東京都台東区・浅草寺の「ほおずき市」です。毎年7月9日、10日に開催され、60万人もの人々で賑わう夏の風物詩となっています。浅草寺では、古くから観音様の縁日が開かれていましたが、室町時代以降に「功徳日」の風習が加わり、特に7月10日は「千日分の功徳が得られる」ことから、「四万六千日」(46,000日分の御利益の意味)と呼ばれるようになりました。   


浅草寺のほおずき市は、約200年前の明和年間(1764~1772)に始まったとされています。芝の愛宕神社の「御夢想の虫薬」の言い伝えが浅草にも伝わり、観音様の功徳日と結びついて盛大になったと言われています。江戸時代には、青ホオズキが解熱剤や婦人の胎熱に特効があると言われていたことも、市が栄えた一因でしょう。   



3.5. 江戸時代の園芸ブームとホオズキ


19世紀初頭の文化文政期(西暦1804~1830年)には、江戸で空前のガーデニングブームが到来し、ホオズキはその象徴的な植物の一つでした。武士、公家、平民が等しく熱中し、幕末には、この光景を見た外国人が「日本の平民は食料ではなく草や花を買う」と記録するほどでした。これは、当時の日本人の生活に植物が深く根ざしていたことを物語っています。   


木造家屋が密集する江戸の町並みでは、ホオズキやアサガオの鉢が軒先にいくつも置かれ、打ち水と共に夏の風情を醸し出していました 。これは、限られた空間の中でも自然との繋がりを求める日本人の美的意識と、都市生活における「涼」や「癒し」の追求があったことを示唆します。特にホオズキは、その鮮やかな色彩と提灯のような形が、夏の暑さを和らげ、視覚的な清涼感をもたらす役割も果たしていたと考えられます。また、年中無休の水道といったインフラの整備が、こうした都市型園芸文化を支えていたという、社会的な背景も読み取れます 。このような植物との共生は、単なる趣味を超え、江戸の人々の生活様式や精神性を形成する重要な要素となりました。都市における自然の取り込み方は、その後の日本の都市計画や住環境デザイン、さらには「和の心」といった文化的アイデンティティにも影響を与えた可能性があり、ホオズキはその象徴の一つと言えるでしょう。   




4. 文化的意義と哲学:魂を導き、心を癒す「鬼灯」の精神性



4.1. お盆におけるホオズキの役割:魂を導く灯り、魂の宿る場所


日本の仏教習俗であるお盆において、ホオズキは欠かせない存在です。その袋状の果実は、死者の霊を導く「提灯」に見立てられ、枝付きで精霊棚(盆棚)に飾られます。   


「鬼灯」という漢字が当てられるのは、お盆に先祖の霊が帰ってくる際の目印となる提灯の代わりとして飾られたことに由来します。その鮮やかな朱色は、迎え火や盆提灯の灯りを連想させ、先祖が迷わずに家へ帰ってこられるよう導く役割を果たすと信じられています。   


さらに、ホオズキの袋の中が空洞であることから、お盆の期間中、先祖の霊がこの世に滞在する「魂の宿る場所」としても考えられています。これは、単なる道しるべを超え、生者と死者の間の絆を象徴する深い意味合いを持っています。   


ホオズキがお盆に「提灯」として飾られ、先祖の霊を導き、また「魂の宿る場所」とされることは、日本の死生観を色濃く反映しています。日本の死生観において、死は終わりではなく、生者との繋がりが続くものと捉えられています。ホオズキは、その境界を繋ぐ媒介となり、先祖の霊を「迎える」だけでなく、一時的に「滞在させる」という、非常に能動的かつ親密な関係性を築くための道具となっています。これは、自然物である植物が、人間と霊界との橋渡し役を担うという、アニミズム的な思想の現れでもあります。お盆の語源が「逆さに吊るされた苦しみ」を救う仏教説話(盂蘭盆)にあることを踏まえると 、ホオズキは苦しむ魂を救済し、安寧をもたらす象徴とも解釈できます。仏教の「盂蘭盆」という行事が日本に伝来した際、既存の自然信仰や祖先崇拝と結びつき、ホオズキのような身近な植物がその象徴として取り入れられました。これは、外来の宗教が日本の風土や文化に深く根差し、独自の解釈と実践を生み出した好例であり、ホオズキが単なる飾り物ではなく、日本人の「心」そのものを映し出す存在であることを示しています。   



4.2. 「鬼灯」「輝血」に込められた意味と民間信仰


「鬼灯」という字は、燃える火のような鮮烈な果実の姿が「鬼の灯り」を連想させることに由来すると言われています 。これは、単なる提灯の代わりだけでなく、その赤い色が魔除けの力を持つという信仰にも繋がっています。古語の「カガチ(輝血)」がヤマタノオロチの目を指すという説は 、ホオズキが古来より持つ神秘性や、生命力、あるいは畏怖の念を伴う存在として認識されていたことを示唆しています。これらの呼び名や漢字は、ホオズキが単なる植物としてではなく、人々の想像力を掻き立て、畏敬の念や神秘的な力を感じさせる存在であったことを物語っています。   



4.3. 芸術作品に見るホオズキ:日本人の美意識と季節感


ホオズキは、その独特の姿と色彩から、浮世絵や日本画といった様々な芸術作品の題材となってきました。芸術作品に描かれることは、その対象が単なる自然物ではなく、特定の美的価値や文化的な意味合いを持つ「符号」として社会に認識されていることを意味します。

浮世絵では、歌川国芳の作品に髪をまとめホオズキを手にした女性が描かれ 、五雲亭貞秀の「新板ほうづきづくし」では、ホオズキたちが人間の遊びをするという擬人化された表現も見られます。これらの浮世絵における擬人化は、ホオズキが人々の感情や物語と結びつく、親しみやすい存在であったことを示し、庶民文化の中での定着を物語ります。これらは、ホオズキが夏の風物詩として、人々の日常に溶け込み、親しまれていた様子を伝えています。   


現代の日本画においても、画家がホオズキを題材とした作品を残しており 、その普遍的な美しさが時代を超えて愛され続けていることを示しています。日本画における描写は、より洗練された美意識や、季節の移ろい、あるいは内省的な精神性を表現する手段としてホオズキが用いられたことを示唆します。異なる時代、異なるジャンルの芸術家たちがホオズキを描き続けることは、その形や色が持つ普遍的な魅力と、それが喚起する夏の記憶、お盆の情景、そして日本人の心象風景が、時代を超えて共有され、継承されている証です。芸術作品は、ホオズキが持つ多層的な文化的意義を視覚的に伝え、新たな世代にその魅力を再解釈させる役割を担っていると言えるでしょう。   



5. 結び:ホオズキが織りなす、日本の美と心の風景


ホオズキは、その独特の姿が「提灯」に見立てられ、古くから薬用、子供の遊び、そしてお盆の重要な飾りとして、日本の暮らしに深く根付いてきました。その鮮やかな朱色は、魂を導く灯り、魔除けの力、そして古の神話にまで遡る神秘的な意味が込められています。

「ほおずき市」に代表されるように、それは単なる植物の売買に留まらず、地域社会の絆を深め、人々に夏の訪れを告げる風物詩として、また先祖への敬意を表す大切な行事として、脈々と受け継がれています。ホオズキは、日本人の自然観、死生観、そして美意識が凝縮された、まさに「生きた文化財」と言えるでしょう。

これからも、ホオズキは日本の夏を彩り、私たちに古き良き伝統と、そこに息づく精神性の奥深さを伝え続けていくことでしょう。その提灯のような姿が、これからも多くの人々の心に、温かい光を灯し続けることを願ってやみません。


ホオズキ 冬姿
ホオズキ 冬姿




参考/引用





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