古来より、日本の庭園や生垣を彩り、冬の寒空に暖かさを添えてきた常緑低木樹、南天。その鮮やかな赤い実は、人々の心を和ませ、様々な文化や歴史と深く結びついてきました。本稿では、南天の植物学的特徴を概観した上で、日本の文化や歴史における南天の役割、そして人々の生活との関わりについて多角的に考察していきます。
南天の植物学的特徴
南天は、メギ科ナンテン属に属する常緑低木樹です。学名は Nandina domestica で、中国や日本を原産地としています 。温暖な気候を好み、関東以西の地域に多く自生し、野山では燃えるような赤色の実をつけた群生が見られます。高さは2~3メートルほどになり、初夏には白い小花を咲かせます。秋になると、緑色の葉は紅葉し、鮮やかな赤色の実をつけます。この実は、鳥にとっては貴重な食料となり、種子を散布する役割も担っています。
南天は、その特徴的な葉や実の色、樹形から、多くの園芸品種が開発されてきました。主な品種とその特徴は以下の通りです。
赤南天(アカナンテン):標準的な南天で、秋に葉が赤く紅葉し、鮮やかな赤い実をつけます。
白南天(シロナンテン):学名は、nandina domestica 'Shironanten'。白い実をつける品種です。赤い実の南天と同様に、縁起物として扱われます 。
錦糸南天(キンシナンテン):学名は、Nandina domestica var.capillaris.。実がつかない品種で、葉が黄色や黄緑色をしています。鮮やかな葉色が特徴で、庭のアクセントとして利用されます。
お多福南天(オタフクナンテン):学名は、Nandina domestica cv. Otafukunanten.。樹高が低く、丸みを帯びた葉が特徴です。グランドカバーや寄せ植えに利用されます。
西洋岩南天(セイヨウナンテン):学名は、Leucothoe fontanesiana.。西洋で品種改良された南天で、葉色が豊富なのが特徴です。ピンク色の実をつける品種もあります。
南天の文化史
南天は、その音の響きから「難を転ずる」に通じる縁起の良い木として、古くから日本で親しまれてきました。その歴史は古く、平安時代にはすでに日本に伝来していたとされています。室町時代には、足利義満が建てた金閣寺の茶室「夕佳亭」に南天の床柱が使われたという記録が残っています。
江戸園芸と南天
江戸時代に入ると、園芸が盛んになり、南天も多くの園芸品種が作られました 。特に、葉の色や形に変化がある品種が珍重され、高値で取引されました。当時の園芸家は、南天の美しさを追求し、様々な品種を生み出しました。その中には、葉が細く糸状になる「錦糸南天」や、葉に斑が入る「覆輪南天」など、現在でも人気の高い品種も含まれています。
江戸時代中期には、南天の栽培ブームが起こり、多くの品種が作出されました 。しかし、ブームが去るとともに、多くの品種は失われてしまいました。現代では、江戸時代に作出された品種の多くは、文献や図譜でしか見ることができません。
古典園芸植物としての南天
南天は、古典園芸植物としても重要な位置を占めています。古典園芸植物とは、江戸時代以前に日本に導入され、伝統的な栽培方法で維持されてきた植物のことです。南天は、その美しい姿と縁起の良さから、茶庭や寺院の庭園など、様々な場所に植えられてきました。
古典園芸植物としての南天は、自然な樹形を保ち、その美しさを楽しむことが重要とされています。そのため、剪定は最小限にとどめ、自然な生育を促すことが大切です。また、鉢植えで栽培する場合は、伝統的な鉢や用土を用いることで、より一層、南天の風情を楽しむことができます。
南天と民間信仰
南天は、魔除けや厄除けの力があると信じられ、様々な場面で用いられてきました。例えば、家の鬼門に南天を植えると、邪気を払うことができるとされています。これは、南天の赤い色が邪気を払う力を持つと信じられていることに由来します。また、お正月の飾りや祝い事の席にも、南天の葉や実が使われます。お赤飯の上に南天の葉を添えるのは、彩りを添えるだけでなく、葉に含まれる微量の毒による防腐効果も期待されていたためです 。さらに、厠の近くに南天を植えることで、悪臭を消したり、虫除けの効果があると信じられていました。
南天の赤い実は、生命力や活力、そして太陽のエネルギーを象徴するものとして、古くから人々に崇められてきました。その鮮やかな赤色は、邪気を払うだけでなく、幸運や繁栄をもたらすと信じられています。
南天と文学・芸術
南天は、その美しい姿や縁起の良さから、多くの文学作品や芸術作品にも登場しています。例えば、俳句では冬の季語として用いられ、多くの俳人が南天を題材とした作品を残しています。例えば、正岡子規は「南天の実の赤きことよ霜の朝」と詠み、南天の赤い実が冬の霜の中で際立つ様子を鮮やかに描いています。
近代の日本画家、幸野楳嶺も南天を題材とした作品を残しています。楳嶺は、南天の赤い実や葉を細密に描写することで、その生命力や自然の神秘性を表現しました。
南天は、浮世絵にも描かれています。歌川広重の「雪中南天に雀」という作品があり、雪景色の中に南天の赤い実が鮮やかに描かれています。
これらの作品は、南天が日本の芸術に深く根付いていることを示す好例と言えるでしょう。
宗教における南天
南天は、神道や仏教など、日本の宗教とも深く関わっています。神社の境内や仏閣の庭には、しばしば南天が植えられています。これは、南天が神聖な場所を清め、邪気を払うと信じられているためです。また、南天の葉は、神事や仏事の際に、供物や祭壇に飾られることもあります。
南天の現代における利用
現代においても、南天は庭木や生垣として広く利用されています 。その美しい紅葉と赤い実は、冬の庭に彩りを添え、観賞価値の高い植物として人気があります。また、近年では、南天の園芸品種も数多く開発されており 、様々な色や形の南天を楽しむことができます。例えば、白い実をつけるシロナンテンや、葉に斑が入る品種など、多様なバリエーションが存在します。
南天は、万両や千両と同様に、正月の飾りとして使われることが多いですが、それぞれに違いがあります。南天は実が葉の上に立ち上がるようにつき、万両は葉の下に垂れ下がるように実をつけます。千両は、実が葉の付け根あたりにつくのが特徴です。これらの植物を見分けることで、より深く日本の植物文化を楽しむことができます。
南天は、古くから日本の文化と密接に関わってきた植物です。その縁起の良さから、人々の生活に深く根付いてきました。現代においても、その美しい姿と多様な利用方法から、多くの人々に愛されています。
南天は、単なる植物ではなく、日本の文化や歴史、そして人々の精神性を象徴する存在と言えるでしょう。その赤い実は、生命力や活力、そして幸運を象徴し、人々に希望を与えてきました。今後も、南天は日本の文化を彩る重要な植物として、その存在感を示していくことでしょう。
参考/引用
南天とは?名前の由来や歴史・効能・花言葉・見分け方を徹底解説 - 和樂web