人の一生を山登りに例えた鎌倉時代の作品:おいのさか図
- JBC
- 5月17日
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東京国立博物館所蔵の「おいのさか図」は、人間の一生を山の登り降りに例えた珍しい絵画作品です。鎌倉時代(14世紀)に制作されたこの作品は、誕生から死までの人生の旅路を四季の移り変わりとともに描き出し、人生の無常観と四季の変化を重ね合わせた日本美術の代表的作例として貴重な存在となっています。紙本着色で描かれたこの縦長の作品は、日本の伝統的な「老いの坂」の概念を視覚的に表現した稀少な作例であり、日本の中世における人生観と時間認識の理解に重要な手がかりを提供しています。
時代世紀:鎌倉時代・14世紀 品質形状:紙本着色 所蔵者:東京国立博物館 https://colbase.nich.go.jp/collection_items/tnm/A-1165?locale=ja
作品の基本情報
「おいのさか図」は鎌倉時代の14世紀に制作された絵画作品です。紙本着色の技法で描かれており、サイズは縦93.8センチメートル、横44.7センチメートルの1幅の掛軸形式となっています。現在は東京国立博物館に所蔵されており、日本の文化遺産として保存されています。「おいのさか」という名称は、年老いていくことを坂を上るということにたとえた「老ノ坂(おいのさか)」という日本の伝統的な言葉に由来しています。
この作品は人の一生を山登りにたとえて描いた珍しい作例として知られており、縦長の構図を活かして人生の段階的な変化を下から上へと表現しています。単なる風俗画ではなく、人生の無常と四季の移ろいを重ね合わせた思想的な深みを持つ作品として評価されています。
作品の描写内容と特徴
画面下部:誕生と幼少期
「おいのさか図」の画面下部には、両親に見守られながら縁側に座って猫と戯れる小さな子どもの姿も描かれており、人生の出発点が穏やかな家庭の情景として表現されています。さらにその周囲には賭弓や竹馬などで遊ぶ子どもたちの姿も描かれており、幼年期の無邪気な遊びの様子が生き生きと描写されています。
これらの情景は人生の始まりを象徴し、家族の愛情に包まれた幸せな幼少期を表していることがわかります。画面の最下部から始まるこの構図は、これから上へと展開していく人生の時間軸の始点となっています。

画面上部:成長、老い、死
画面上部に向かうにつれて、男性が山を登りながら成長していく様子が描かれています。登山の途中で青年期から壮年期へと変化し、やがて老年期を迎え、最終的には死に至る人生の全過程が山の起伏とともに表現されています。人生の各段階は、その人物の姿の変化によって明確に描き分けられており、観る者に人の一生の移ろいを感じさせます。
特筆すべき点は、この人生の変化が四季の樹木とともに描かれていることです。梅、桜、松、そして紅葉と落葉する木々が人生の各段階に配置されており、春夏秋冬の移り変わりと人の一生を重ね合わせています。この表現方法は日本美術における四季観と人生観の深い結びつきを示しています。
時代世紀:鎌倉時代・14世紀 品質形状:紙本着色 所蔵者:東京国立博物館 https://colbase.nich.go.jp/collection_items/tnm/A-1165?locale=ja
「老ノ坂」の言葉の意味と背景
「おいのさか図」のタイトルの由来となっている「老ノ坂(おいのさか)」は、さまざまの苦難に耐えながら次第に年老いていくことを、坂を上るのにたとえた言葉です。この言葉は古くから和歌にも用いられており、「君を祈る年の久しくなりぬれば老のさかゆく杖ぞうれしき」(慶暹、後拾遺和歌集、1086年)という例が残されています。
作品の文化的・歴史的意義
「おいのさか図」は、日本の中世における人生観と時間認識を視覚的に表現した貴重な絵画資料です。特に以下の点において文化的・歴史的に重要な意義を持っています。
第一に、人の一生を山登りにたとえるという発想は、仏教的な無常観と日本の自然観が融合した独特の人生観を反映しています。人生の浮き沈みを山の起伏になぞらえ、最終的に死に至るまでの過程を描くことで、無常の理を視覚的に表現しています。
第二に、人生の各段階を四季の樹木と組み合わせることで、人間の一生と自然の循環を重ね合わせるという日本文化に特徴的な自然観が示されています。梅、桜、松、紅葉などの四季の植物が人生の各段階に配置されることで、人の一生と自然界の循環が調和した世界観を表現しています。
第三に、鎌倉時代における世俗画の一例として、宗教画以外の絵画表現の広がりを示す作品であるという点も重要です。仏教的な要素を含みながらも、日常的な人生の様子を描いた点で、当時の絵画表現の幅広さを示しています。
さいごに
「おいのさか図」は、人の一生を山登りにたとえるという独創的な構図で知られる鎌倉時代の絵画作品です。東京国立博物館に所蔵されているこの作品は、縦93.8センチ、横44.7センチの紙本着色の掛軸で、14世紀に制作されました。画面下部に描かれた幼少期の情景から始まり、上部に向かうにつれて成長、老い、死に至る人生の過程が、四季の樹木とともに描かれています。
「老ノ坂」という言葉の持つ比喩的意味と実在の地名としての二重性を背景に、この作品は単なる風俗画を超えて、人生の無常と四季の移ろいを重ね合わせた思想的な深みを持っています。日本の中世における人生観と時間認識を視覚的に表現したこの珍しい作例は、日本美術史において稀少かつ価値ある位置を占めています。
「おいのさか図」は、現代の私たちにも人生の普遍的な過程と自然の循環との調和という日本的な世界観を伝える、貴重な文化遺産といえるでしょう。
