江戸時代後期、夏の草木が織りなす豊かな色彩を、繊細な筆致で描きとめた一冊の本草図譜がありました。名は「夏木譜」。作者は、狩野派に学び、博物学にも造詣の深かった亀井協従です。
亀井協従 - その人と作品
亀井協従は、江戸時代後期に活躍した本草学者、絵師です。生年や没年は明らかになっていませんが、江戸渋谷宮益町の名主を務め、狩野派の絵師に師事し、画才を認められていました。 文化10年(1813年)には『奇品図鑑』、文政11年(1828年)には『草木略画図』を著しています。 これらの作品から、彼が自然界の多様な生命に深い関心を抱き、その姿を克明に記録することに情熱を注いでいたことが伺えます。
「夏木譜」に描かれた夏の彩り
「夏木譜」は、紙縒綴の体裁で仕立てられた、夏に花咲く樹木を集めた彩色図譜です。 それぞれの植物には、漢名と和名が添えられ、生き生きとした姿が描かれています。
夏に花が咲く樹木類の本草図譜。図は精密な彩色画。漢名を見出しとし、和名、掲載のある書籍名、形状や生態に関する解説文を付す。漢字カナ交じり。所収の品目、淡伯(和名ホウノキ)、柿楂子、薔薇(ムメイハラ)、枇杷、野牡丹、百日紅(トウギリ・ヒギリ)、白槿樹(夏ツバキ)、扶桑(フツソウクワ)、巵子(クチナシ)、木槿(ムクゲ)、金木蘭(ハマボウ・ハマボ)、輒青梅(トキシラズ)、安石榴(ザクロ)、合歓(ネムノキ)、蔓荊(ハマシキシ)、烏薬、廬橘(ナツミカン)、花柑(ブシユカン)、玉蘭花(ヲホヤマレンゲ)、梧桐、臭梧桐(クサギ)、楸(ヒサギ)、牡荊(ニンジンキ)、使君子、食茱萸(ハナアシ)、海桐、鴈翅柏(アスナロ・サハラ)、麒麟竭、婆羅勒(ヒラキ・コクドノクハシ)、橁(ヒヤンチン・タマツバキ)、竹筍(タケノコ)。 引用:亀井協従 : カメイキョウジュウ. 夏木 : 夏木. https://ndlsearch.ndl.go.jp/books/R100000094-I212778
「夏木譜」の魅力 - 写実性と技巧
「夏木譜」の最大の魅力は、狩野派の画風を受け継いだ、精緻で写実的な描写にあります。 力強い輪郭線、繊細な濃淡表現、巧みな空間構成など、高度な絵画技法が駆使されています。花や葉の一枚一枚まで丁寧に描き込まれた植物たちは、まるで今にも生命の息吹を感じさせるかのようです。
江戸時代の本草学と「夏木譜」
江戸時代後期は、本草学が隆盛を極めた時代でした。多くの本草学者が植物や薬草の研究に励み、様々な図譜が出版されました。「夏木譜」もそうした本草図譜の一つであり、当時の植物学や薬学の発展に貢献したと考えられ、江戸時代の自然観や美意識を現代に伝える貴重な文化遺産です。それは、単なる植物図鑑ではなく、自然と人間との関わり、そして生命の尊さを静かに語りかけてくる、芸術作品と言えるでしょう。
亀協従『夏木譜』,写. 国立国会図書館デジタルコレクション https://dl.ndl.go.jp/pid/2540071