
春の訪れを告げる花として、日本では古くから桜と梅が愛されてきました。現代では桜の花見が主流となっていますが、かつては梅の花を鑑賞する「梅見」が花見の主役でした。梅は桜よりも一足早く開花し 、その凛とした姿と芳醇な香りは、人々に春の息吹を感じさせ、心を和ませてくれます。
本稿では、古来より日本人に親しまれてきた梅見について、その歴史や文化、そして現代における梅の魅力を多角的に探っていきます。
梅見の歴史
梅は、奈良時代以前に中国から日本に渡来したと考えられています。 当初は、花よりも実を食用や薬用として利用することが主な目的でした。 しかし、平安時代に入ると、貴族の間で梅の花が観賞の対象として注目されるようになり、梅見が盛んに行われるようになりました。 梅は、その高貴な香りと凛とした姿から、宮廷文化の象徴として愛されました。 特に、菅原道真が愛した梅は、学問の神様として崇められるようになり、天神様と梅の結びつきは、現代まで受け継がれています。
鎌倉時代には、武士階級にも梅見が広まり、室町時代には、梅の花を題材とした絵画や和歌が数多く創作されました。 江戸時代には、庶民の間にも梅見が定着し、各地に梅の名所が誕生しました。 このように、梅見は時代とともに変化を遂げながら、日本の文化に深く根付いてきました。
平安時代以降、貴族の間で桜の人気が高まり、次第に花見の主役は梅から桜へと移り変わっていきました。 これは、桜の華やかさが、武家社会の台頭とともに、勢いのある時代の象徴として捉えられるようになったためと考えられます。
梅見の文化

梅見は、単に花を眺めるだけでなく、歌や俳句、絵画などの芸術作品を通して楽しまれてきました。 例えば、万葉集には梅を詠んだ歌が数多く収められており、平安時代の歌人、紀貫之は「人はいさ 心も知らず ふるさとは 花ぞ昔の 香ににほひける」と詠んでいます。 また、江戸時代の俳人、松尾芭蕉の弟子である服部嵐雪は「梅一輪 一輪ほどの 暖かさ」という句を残しています。
梅は、絵画の題材としても人気があり、尾形光琳の「紅白梅図屏風」は、琳派を代表する作品として広く知られています。 また、梅見の際には、詩歌管弦を楽しむ宴が催されたり、梅の枝を飾ったり、梅を使った料理を楽しむ習慣もありました。 古酒に削った鰹節と梅干、たまり少量を加えて煮詰めて漉して作る「煎り酒」は、白身魚の刺身によく合う調味料として、梅見の席で珍重されました。 また、梅干は、古くから健康に良い食品として、梅見の席に欠かせないものでした。
梅は、日本の伝統的な暦においても重要な役割を果たしています。旧暦2月は「梅見月」と呼ばれ、梅の花が咲き始める時期を意味していました。 これは、梅が春の訪れを告げる花として、人々に待ち望まれていたことを示しています。
さらに、梅は、衣服や装飾品にも取り入れられました。 梅の文様は、着物や帯、かんざしなどに施され、人々の生活に彩りを添えていました。 また、梅は薬用としても用いられ、その効能は、古くから知られていました。
梅の名所

日本には、古くから梅の名所として知られる場所が数多く存在します。関東地方では、水戸偕楽園が有名です。偕楽園は約100品種3000本の梅が植えられており、「梅まつり」の期間中は、多くの人で賑わいます。 偕楽園は、天保13年(1842年)に水戸藩第9代藩主徳川斉昭によって造園された、日本三名園の一つとしても知られています。
関西地方では、大阪城梅林や京都の北野天満宮が有名です。大阪城梅林には約100品種1270本の梅があり、早咲きから遅咲きまで、様々な種類の梅を楽しむことができます。 特に、豊後系の梅が多く、紅梅や白梅、絞り梅など、色とりどりの花が咲き乱れます。 北野天満宮は、菅原道真を祀る神社であり、境内には約50種類1500本の梅が植えられています。 「梅苑」と呼ばれる庭園には、紅梅を中心に、白梅や薄紅梅などが植えられ、落ち着いた雰囲気の中で梅を楽しむことができます。
九州地方では、太宰府天満宮が有名です。太宰府天満宮も菅原道真を祀る神社であり、境内には、道真公が愛した梅「飛梅」をはじめ、約6000本の梅が植えられています。 飛梅は、道真公が太宰府に左遷される際に、京都の自宅から一夜にして飛んできたという伝説が残る、特別な梅の木です。 このように、各地の梅の名所では、それぞれの特徴を持った梅を楽しむことができます。

梅の種類
観賞用の梅は、大きく分けて野梅系、緋梅系、豊後系の3つの系統に分類されます。 さらに、花の色や形、大きさなどによって、300種類以上の品種があると言われています。
系統 (Category) | 品種 (Variety) | 特徴 (Characteristics) |
野梅系 | 佐布里梅 | 桃に梅を接木して作った実梅の園芸品種。花は薄紅色の中輪。 |
野梅系 | 紅冬至 | 淡紅色の花を咲かせる早咲きの品種。 |
野梅系 | 八重寒紅 | 八重咲きの濃い紅色の花を咲かせる早咲きの品種。 |
野梅系 | 道知辺 | 紅色一重の大輪の花を咲かせる品種。昔、街道などに植えられ、旅人の道標になったという。 |
野梅系 | 冬至 | 冬至頃に咲くことからこの名前がついた。白色の中輪の花を咲かせる早咲きの品種。 |
緋梅系 | 鶯宿 | 青白い気品のある花を咲かせる大輪の品種。 |
野梅系は、野生の梅に近い品種で、白や淡紅色の花を咲かせます。 花弁は丸く、枝は細くしなやかです。 代表的な品種には、「白加賀」や「冬至」などがあります。 緋梅系は、紅色の花を咲かせる品種で、枝や幹の内側も赤いのが特徴です。 野梅系と比べて花弁がやや細長く、枝は硬い傾向があります。 代表的な品種には、「紅冬至」や「八重寒紅」などがあります。 豊後系は、アンズとの交雑種で、緋梅系よりも花が大きく、香りが強いのが特徴です。 花弁は厚く、枝は太く、力強い印象を与えます。 代表的な品種には、「豊後」や「杏性」などがあります。



梅の開花時期
梅の開花時期は、地域や品種によって異なります。一般的に、温暖な地域では1月から2月頃、寒い地域では3月から4月頃に開花します。 開花期間は約1ヶ月で、桜よりも長く楽しむことができます。
梅の開花は、気温と日照時間に大きく影響されます。気温が低い日が続くと開花が遅くなり、暖かい日が続くと開花が早まります。 また、日照時間が短いと開花が遅くなる傾向があります。
梅の開花前線
桜前線と同じように、梅の開花状況を示す「梅前線」があります。 梅前線は、九州地方から始まり、徐々に北上していきます。 沖縄では1月中旬頃に開花し、九州や四国では1月下旬から2月上旬、関東地方では2月中旬から3月上旬、東北地方では3月中旬から4月上旬、北海道では4月中旬から5月上旬に開花します。
現代の梅見
現代では、梅の名所を訪れて梅の花を鑑賞するだけでなく、梅にまつわるイベントやアクティビティを楽しむことができます。
多くの梅園では、「梅まつり」が開催され、梅の鑑賞はもちろんのこと、屋台の出店や伝統芸能の披露、梅を使った商品の販売など、様々な催しが行われます。 例えば、水戸偕楽園の梅まつりでは、偕楽園のライトアップや、梅の盆栽展、野点などが行われます。 また、梅の開花時期に合わせて、ウォーキングイベントや写真コンテスト、俳句コンテストなどが開催されることもあります。
さらに、近年では、梅農園で梅の実を収穫する「梅狩り」体験や、自分で梅干しや梅酒を作る「梅仕事」体験なども人気を集めています。 梅狩りでは、梅の実を自分で選んで収穫し、その場で味わうこともできます。 梅仕事体験では、梅干しや梅酒の作り方を学び、自分で作ったものを持ち帰ることができます。
まとめ
現在の元号・令和は「万葉集」の梅花の歌三十二首の序文『 初春令月、気淑風和、梅披鏡前粉、蘭薫珮後之香 (初春の令月にして、気淑く風和ぎ、梅は鏡前の粉を披き、蘭は珮後の香を薫す)』に由来しており、その序文というのが、当時大宰府の長官だった大伴旅人が、招いた客人たちと開いた「梅花の宴」をつづったものです。奈良時代は梅が貴族の中で人気で、万葉集に収められた歌の題材でも、桜より梅を詠んだ歌の方が多くあります。
古くから日本人に愛されてきた梅見は、時代とともに変化を遂げながら、現代まで受け継がれてきました。梅の花の美しさ、香り、そして食としての魅力は、人々の心を癒し、豊かな文化を育んできました。
梅見は、桜の花見とはまた違った魅力があります。 桜の花見が華やかで賑やかなのに対し、梅見は、静かで落ち着いた雰囲気の中で、梅の花の美しさと香りをじっくりと味わうことができます。 また、梅は、歴史や文化、芸術と深く結びついており、梅見を通して、日本の伝統文化に触れることもできます。
現代の梅見は、伝統的な鑑賞方法に加え、様々なイベントやアクティビティを通して楽しむことができます。 梅の名所を訪れて、春の訪れを感じ、梅の魅力を再発見してみてはいかがでしょうか。 昔ながらの梅見の文化を体験してみるのも良いでしょう。 さらに、梅狩りや梅仕事体験を通して、梅と触れ合い、その魅力をより深く知ることができます。
上記3点は「亀戸梅屋舗」の錦絵です。亀戸梅屋敷は、かつて亀戸天神社の裏手にあった梅園で、龍が大地に横たわったような「臥竜梅」が有名で、300本程の梅が楽しめた名所でしたが、現在はもうここに梅林はなく、梅屋敷跡の碑だけが立っています。
錦絵の題の「衣更着(きさらぎ)」は如月のことで陰暦2月のことです。
華やかな女性4人が梅見をしながら、お酒や料理を楽しんでいます。
浅草奥山は、浅草寺の裏一帯。江戸の代表的な盛り場でした。見世物小屋が並ぶとともに、軽業や居合抜きなど特異な芸を見せつつ物を売ってたようです。
真崎稲荷明神社(現・石浜神社内の真先稲荷)や石浜神明宮(現・石浜神社、荒川区南千住)は名所で、対岸は向島北部、鐘ヶ淵、隅田村(現在の墨田区墨田付近)方面です。
真崎の料亭で下方より伸びた梅の花、室内左隅の柱には白椿、遠方には筑波山、雁行も描かれています。
梅が躍動した大胆かつ斬新な構図の錦絵。出版者が団扇や扇子などの和紙製品を扱う「伊場仙」。およそ400年続く老舗店。現在は14代目で日本橋で営業しています。
出典:国立国会図書館「NDLイメージバンク」
(https://rnavi.ndl.go.jp/imagebank/)