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身辺で見かける植物を写実的に描いた多色刷りの木版本:草木花実写真図譜


異国の眼差し、日本の息吹


江戸時代後期の長崎に、西洋画法を取り入れた写実的な動植物画で知られる川原慶賀という絵師がいました。彼は、オランダ商館に出入りすることを許され、シーボルトをはじめとする多くの西洋人と交流し、日本の文化や自然を海外に紹介する役割を担いました。慶賀の作品は、当時のヨーロッパの学者たちを驚かせ[要出典]、日本の自然科学研究に大きく貢献しました。

慶賀は、風景画、風俗画、肖像画など様々なジャンルの絵画を手がけましたが、特に博物画の分野において優れた才能を発揮しました。彼の描いた動植物画は、精密な描写と鮮やかな色彩で、博物学的な関心を集めました。

本稿では、慶賀の代表作の一つである「草木花実写真図譜」を中心に、その制作背景、収録されている植物の特徴、芸術的価値、文化的意義ついて詳しく解説していきます。



長崎に咲いた異才――川原慶賀の生涯と業績


川原慶賀(1786年-1860年以降)は、長崎の今下町(現在の長崎市築町)に生まれました。父である川原香山も絵師であり、慶賀は幼い頃から絵画に親しんでいました。   


文化8年(1811年)頃、長崎で活躍していた絵師・石崎融思に師事し、頭角を現します。その後、出島オランダ商館への出入りを許され、「出島出入絵師」として、商館員や来日した西洋人の肖像画、長崎の風俗画や風景画などを描きました。   


文政6年(1823年)、シーボルトがオランダ商館付医師として来日すると、慶賀はシーボルトの依頼で動植物の写生図を制作します。これらの図は、シーボルトの著書『日本』の挿絵として使用され、日本の自然をヨーロッパに紹介する上で重要な役割を果たしました。   


文政8年(1825年)には、ジャワ島バタヴィアから来日した画家デ・フィレーネフェから西洋画法を学び、さらに文政9年(1826年)にはシーボルトの江戸参府に同行し、道中の風景や風俗などを描きました。   


しかし、文政11年(1828年)にシーボルト事件が起こると、慶賀も長崎奉行所で取り調べを受け、叱責を受けます。シーボルト追放後も、慶賀はシーボルトの後任であるビュルゲルの依頼で動植物画を制作するなど、絵師としての活動を続けました。彼の作品は日本国内に約100点現存する一方で、オランダに送られヨーロッパ各地に分散した絵図は6000~7000点にも及ぶといわれています。   


天保7年(1836年)には、植物図譜『慶賀写真草』を著します。この作品は、後に「草木花実写真図譜」として再版され、現在も貴重な資料として残されています。   


慶賀は、伝統的な日本画法に西洋画法を取り入れ、独自の画風を確立しました。彼の作品は、国内外に多数現存しており、長崎派絵画の代表的な画家として高く評価されています。   



東西文化が出会うとき――「草木花実写真図譜」の制作背景と目的


「草木花実写真図譜」は、天保7年(1836年)に慶賀が著した植物図譜『慶賀写真草』を明治時代に改題再版したものです。初版は1836年に刊行されました。   


慶賀は、シーボルトの来日以前から動植物画に興味を持っていたと考えられますが、シーボルトとの出会いが彼の博物画制作に大きな影響を与えたことは間違いありません。シーボルトは、日本の動植物を研究するために、慶賀に多くの写生図を依頼しました。これらの依頼を通して、慶賀は西洋の博物学的な視点や描写方法を学び、自身の画風をさらに発展させていきました。

「草木花実写真図譜」は、慶賀が長年培ってきた観察眼と描写力、そして西洋画法の技法を駆使して制作された、集大成ともいえる作品です。



草木に宿る生命の輝き――「草木花実写真図譜」に収録されている植物の種類と特徴

「草木花実写真図譜」には、身近な植物から珍しい植物まで、全部で56種類もの植物が描かれています。草本が27種、木本が29種収録されています。   


国立国会図書館デジタルコレクションに収蔵されている「草木花実写真図譜」には、スイカズラ、キク、ムクゲ、タチアオイ、オモダカ、スミレ、リンドウ、ツユクサ、キイチゴ、ヘビイチゴなど、多様な植物が掲載されています。   


例えば、スイカズラは、甘い香りのする花を咲かせ、その花や茎葉は薬用として利用されます。

その他にも、シャクヤク、カラスウリ、ネムノキなども描かれていることが分かっています。   


これらの植物は、花、葉、茎、根、果実など、細部まで丁寧に描かれており、植物学的な特徴がよく分かります。また、それぞれの植物には、和名だけでなく洋名も併記されており、当時の西洋における植物学の知識も反映されていることが伺えます。   



芸術と科学の調和――「草木花実写真図譜」の芸術的価値と文化的意義


「草木花実写真図譜」は、植物学的な正確さと芸術的な美しさを兼ね備えた作品として高く評価されています。慶賀が描いた動植物図は、その精密さから、現代の生物学者でさえも利用できるほどの正確性を備えています。   


慶賀は、西洋画法の遠近法や陰影法を取り入れながらも、日本の伝統的な絵画技法も活かすことで、写実性と装飾性を両立させています。

また、植物の生き生きとした姿を捉え、その生命力を感じさせる表現力も魅力です。

「草木花実写真図譜」は、西洋の植物学と日本の伝統的な美術が融合した、他に類を見ない作品です。慶賀は西洋の技法を取り入れながらも、日本の美的感覚を損なうことなく、植物の姿を生き生きと描き出しています。   


「草木花実写真図譜」は、単なる植物図鑑ではなく、芸術作品としても鑑賞に堪えうる価値を有しています。

  


終わりに――未来へつなぐ草木の花


川原慶賀の「草木花実写真図譜」は、江戸時代後期の日本における博物画の傑作であり、西洋と日本の文化交流の証でもあります。

精密な描写と芸術的な表現で描かれた植物たちは、現代においても私たちを魅了し、自然の美しさ、そして生命の尊さを改めて認識させてくれます。

慶賀が描いた動植物図のほとんどはオランダに送られ、シーボルトらの著作である『日本動物誌』等の図として利用されました。これらはライデン国立自然史博物館に所蔵されているが、その精密な図は今猶生物学者の使用に耐える標本図となっています。本作は、1・2冊目が草部、3・4冊目が木部。)






川原慶賀 ほか『草木花実写真図譜 2巻』,前川善兵衛.国立国会図書館デジタルコレクション https://dl.ndl.go.jp/pid/2606951






川原慶賀 ほか『草木花実写真図譜 2巻』,前川善兵衛.国立国会図書館デジタルコレクション https://dl.ndl.go.jp/pid/2606951






川原慶賀 ほか『草木花実写真図譜 2巻』,前川善兵衛.国立国会図書館デジタルコレクション https://dl.ndl.go.jp/pid/2606951






川原慶賀 ほか『草木花実写真図譜 2巻』,前川善兵衛.国立国会図書館デジタルコレクション https://dl.ndl.go.jp/pid/2606951







参考


草木花実写真図譜(武藤文庫) - 長崎大学附属図書館


江戸時代末期に長崎で活躍した川原慶賀は、出島和蘭商館医として渡来したシーボルトのお抱え絵師として知られる町絵師。一部謎に包まれた長崎派洋画家・慶賀の生涯 - 長崎市


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