top of page

楮:歴史と文化を紡ぐ繊維


楮(こうぞ)は、古くから日本人に親しまれてきた植物であり、特に和紙の原料として重要な役割を担ってきました。本稿では、楮の歴史と文化を中心に、その特徴や現代における利用状況などを詳しく解説していきます。






楮とは


楮はクワ科コウゾ属に属する落葉低木で、学名はBroussonetia kazinokiです。楮麻(こうぞま)とも呼ばれます。 東アジア原産で、日本では北海道から九州まで広く分布しています。 楮の樹皮は強靭な繊維質で、古くから和紙の原料として利用されてきました。また、楮の果実は食用となり、甘酸っぱい味が特徴です。


楮は、姫楮と梶の木の雑種という説が有力視されています。本来、楮は繊維を取る目的で栽培されているもので、梶の木は山野に野生するものです。しかし、野生化した楮も多く存在します。古代においては、楮と梶の木は区別されていませんでした。


楮の標準学名は、Broussonetia × kazinoki で、シノニムは Broussonetia × hanjiana や Broussonetia kazinoki × B. papyriferaとされます。和名と同様に、学名にも混乱が見られ、Broussonetia kazinoki は姫楮の学名であり、命名者が梶の木と間違えて名付けてしまったものであるとされています。一方、梶の木の学名は B. papyrifera とされ、紙の原料となる樹木であることに由来して名付けられたものです。

厳密には楮と梶の木は異なるものであり、楮に楮の字を用い、梶の木には梶、構、榖の字をあてています。しかし、両者の識別は容易ではありません。古代では、植物の名前も地方によって呼び名が異なり、混同や混乱が多い。『本草綱目』や『農業全書』でも両者の差は「葉に切れ込みがあるものは楮(コウゾ)、ないものは構(=梶、カジノキ)」とするだけで、種別としては「楮」にまとめられています。



植物としての特徴


楮は、高さ2~5メートルほどに成長する落葉低木です。葉は卵形で、縁には鋸歯があります。雌雄異株で、春に花を咲かせます。雄花は穂状で、雌花は球状です。果実は集合果で、6月頃に赤く熟します。 楮は、日当たりの良い場所を好み、乾燥にも比較的強い植物です。 また、成長が早く、萌芽力も強いため、栽培が容易です。 楮は、土壌の侵食を防ぎ、生物多様性に貢献するなど、生態学的にも重要な役割を担っています。


楮の果実
楮の果実


楮の歴史


楮の利用は、縄文時代まで遡るとされています。遺跡から出土した土器に楮の繊維が付着していたことから、縄文時代の人々が楮を繊維として利用していたと考えられています。 かつて日本では楮から繊維を取り、糸を作り、布を織っていました。 732年から739年の間に書かれた豊後国風土記の記述によると、楮は、この時代には既に織物の材料として認識されており、特に臼杵郡産の楮で作られた布は、朝廷への貢納品として献上されていたという記録が残っています。時代が進むにつれて、楮の利用は多様化していきました。奈良時代に入ると、楮製の紙が公文書などに利用されるようになり、紙の原料としての楮の重要性が高まりました。 平安時代になると、楮紙は広く普及し、書道や絵画、文書など様々な用途に用いられるようになりました。 そして、江戸時代には、楮の栽培が奨励され、各地で楮紙の生産が盛んに行われるようになりました。

 


楮紙  筑前国嶋郡川辺里戸籍断簡 (紙背)千部法華経校帳断簡

時代世紀:飛鳥時代・大宝2(紙背 天平20)(702~748) 品質形状:紙本 墨書 楮紙 墨界 掛幅 (紙背)紙本 墨書   所蔵者:奈良国立博物館 https://colbase.nich.go.jp/collection_items/narahaku/871-0?locale=ja
時代世紀:飛鳥時代・大宝2(紙背 天平20)(702~748) 品質形状:紙本 墨書 楮紙 墨界 掛幅 (紙背)紙本 墨書   所蔵者:奈良国立博物館 https://colbase.nich.go.jp/collection_items/narahaku/871-0?locale=ja



楮の文化


和紙との関係


楮は、和紙の原料として欠かせない存在です。楮の繊維は長く、強靭であるため、薄くて丈夫な和紙を作ることができます。楮を原料とした和紙は、光沢があり、滑らかな書き心地が特徴です。 また、楮紙は耐久性に優れており、長期間保存することが可能です。 楮から作られる和紙には、様々な種類があります。例えば、雁皮紙(がんぴし)は、楮と雁皮を混ぜて作られた和紙で、薄くて丈夫なため、古くから書画や公文書などに利用されてきました。 また、三椏紙(みつまたし)は、楮と三椏を混ぜて作られた和紙で、滑らかで光沢があるため、版画や書簡などに用いられてきました。 さらに、斐紙(ひし)は、楮の中でも特に良質な繊維を用いて作られた和紙で、その美しさから、美術工芸品や高級な書画などに利用されています。


楮の繊維
楮の繊維
楮の樹皮
楮の樹皮


地域ごとの楮の利用方法の違い


楮の利用方法は、地域によって異なります。例えば、東北地方では、楮の繊維で作った糸を織って布を制作していました。 また、沖縄県では、楮の樹皮を屋根材として利用していました。 このように、楮は地域ごとに様々な形で利用されてきました。





楮の現代における利用状況


現代においても、楮は和紙の原料として重要な役割を担っています。高級な和紙や美術用の和紙には、楮が欠かせません。 また、近年では、楮の繊維を利用した新しい素材の開発も進められています。 例えば、楮の繊維を配合したプラスチックや建材などが開発されています。 さらに、楮の繊維は、その耐久性から、衣類や鞄などの布製品にも利用されています。 楮の繊維で作った布は、通気性や吸湿性に優れているため、夏用の衣類などに適しています。 また、楮の繊維は、医療分野での応用も期待されています。 現在、楮の薬効成分、特に創傷治癒における効果について研究が進められています。

楮は成長が早く、萌芽力も強いため、持続可能な再生可能資源として注目されています。 その利用は、環境保護の観点からも重要性を増しています。 コウゾの主な産地は、高知県本山町・いの町、茨城県大子町・常陸大宮市などです。 しかしシカの食害が増えたため、コウゾの生産意欲が減退した地域もあります。



楮を取り巻く課題


楮の利用は、近年減少傾向にあります。その原因として、和紙の需要の減少や、楮の栽培農家の高齢化などが挙げられます。 楮の栽培には、手間と時間がかかるため、後継者不足が深刻化しています。 また、安価な輸入原料の増加や、楮栽培の労働集約的な性質も、楮の生産減少に拍車をかけています。 楮栽培の衰退は、伝統的な知識や文化遺産の喪失にもつながる可能性があります。





結論


楮は、古くから日本人に利用されてきた植物であり、和紙の原料として、日本の文化に大きく貢献してきました。その歴史は縄文時代にまで遡り、時代とともに様々な形で利用されてきました。楮は、和紙だけでなく、繊維や医療分野など、新たな可能性を秘めた素材でもあります。しかし、近年では、楮の利用は減少傾向にあり、楮を取り巻く状況は厳しさを増しています。楮の文化を継承していくためには、楮の新しい利用方法を開発したり、楮の栽培を支援したりするなど、様々な取り組みが必要となります。 楮の持続可能な利用を促進することで、伝統を守りながら、未来の社会にも貢献できる可能性を秘めていると言えるでしょう。

bottom of page