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本阿弥光悦:古今和歌集忍草下絵和歌断簡

  • 執筆者の写真:  JBC
    JBC
  • 5月24日
  • 読了時間: 7分

古今和歌集忍草下絵和歌断簡
金銀刷檜絵忍草下絵和歌巻断簡 本阿弥光悦書 Title: Waka Poem from Collection of Poems Ancient and Modern with a Design of Moss Ferns Artist: Calligraphy by Hon'ami Kōetsu (Japanese, 1558–1637) Period: Edo period (1615–1868) Date: early 17th century Culture: Japan Medium: Section of a handscroll mounted as hanging scroll; ink on paper with decoration printed in gold and silver Dimensions: Image: 12 5/8 × 15 3/16 in. (32.1 × 38.5 cm)Overall with mounting: 45 1/4 × 20 1/2 in. (115 × 52.1 cm)Overall with knobs: 45 1/4 × 22 3/8 in. (114.9 × 56.8 cm) Classification: Paintings https://www.metmuseum.org/art/collection/search/845139


本阿弥光悦は、桃山時代から江戸時代初期にかけて活躍した、日本美術史における極めて重要な多才な芸術家です。彼の貢献は書道、陶芸、漆芸、出版、工芸と多岐にわたり、後世の日本文化に計り知れない影響を与えました。特に、絵師の俵屋宗達とともに「琳派」の祖として広く認識されています。光悦は単に個々の作品を制作するだけでなく、現代でいう「アートディレクター」のような役割も果たし、京都に芸術村を築き、様々な分野の芸術家たちを束ねて作品制作を指揮しました。この組織的な役割は、彼の芸術家としての貢献を一層際立たせています。  


琳派は、桃山時代に光悦と宗達によって始まり、その後、江戸時代中期には尾形光琳によって確立され、さらに酒井抱一らによって江戸へと継承された独特の芸術流派です。その最大の特色は、直接的な師弟関係ではなく、「私淑」という形式で美意識が受け継がれた点にあります。琳派の作品は、その装飾性の高さ、大胆でしばしば簡略化された構図、そして金銀を贅沢に用いた表現が特徴であり、絵画のみならず、染織、陶芸、漆芸といった幅広い工芸分野にその美意識が浸透しています。  


メトロポリタン美術館に所蔵される「古今和歌集忍草下絵和歌断簡」は、このような琳派の豊かな芸術的伝統の中に位置づけられます。この作品は、光悦の卓越した書技と、装飾的な下絵との革新的な融合を象徴しており、初期琳派の美学と協業の精神を如実に示しています。光悦が「アートディレクター」として果たした役割は、単に優れた作品を生み出すことに留まらず、多様な専門性を持つ職人や芸術家を集結させ、彼らの交流を促進する場を創出したことにあります。この協業の仕組みは、絵画、書、漆芸、陶芸といった異なる分野の技術や思想が融合し、琳派特有の総合的な美意識が形成される上で不可欠な要素となりました。光悦のこのような先見的な組織力と、芸術分野間の境界を越えた協業の推進は、琳派が単なる画派に留まらず、日本美術における総合的なデザイン運動として発展する基盤を築いたと言えるでしょう。



『古今和歌集』:日本文学の礎


『古今和歌集』は、紀貫之らが中心となって905年頃に完成した、日本で最初の勅撰和歌集であり、日本文学史において極めて重要な位置を占めています。全20巻に多数の和歌が収められ、平安時代の人々の感性や美意識を現代に伝える鏡として機能してきました。その編纂は、和歌を貴族社会における不可欠な教養として確立させ、後の『源氏物語』などの物語文学にも多大な影響を与えました。日本の国歌「君が代」も、この歌集に収められた和歌がもとになっているとされています。   


『古今和歌集』の文学的意義は、その序文である「仮名序」にも見出されます。これは、「和歌は人の心を種として、万の言の葉とぞなれりける」という有名な一節に象徴されるように、和歌が人間の心から生まれ、それを表現する言葉であるという本質を端的に示しています。仮名序では、和歌の歴史、分類、理想的な歌人像などが論じられており、後世の和歌や文学理論に大きな影響を与えました。この序文を通じて、当時の人々が和歌をどのように捉え、その価値を見出していたかを知ることができます。   


『古今和歌集』は、奈良時代から平安時代にかけての日本人の感情と感性を一つに集約した作品であり、万葉集に選定されなかった歌や、撰者自身の歌も天皇に献上する趣旨で掲載されました。この歌集は、単なる詩歌の集成に留まらず、平安貴族の教養と美意識の規範を確立し、その後の日本文化の形成に深く関与しました。   


本阿弥光悦が『古今和歌集』の和歌を自身の作品に採用したことは、単なるテキストの選択を超えた、より深い文化的意味合いを持っています。光悦が活躍した桃山時代から江戸時代初期は、中世の動乱を経て新たな文化が花開く時期であり、古典への回帰と再解釈が盛んに行われました。光悦が千年以上も前の『古今和歌集』の和歌を、金銀泥の下絵という当時の最先端の装飾技法と融合させたことは、古代の雅な美意識と、桃山・江戸初期の闊達な遊戯精神との見事な結合を体現しています。これは、古典を単に模倣するのではなく、現代の美意識と技術で再構築し、新たな価値を創造する試みでした。この行為は、日本の文化的な連続性を強調しつつ、同時に芸術的な革新を追求する琳派の精神を明確に示しており、古典が時代を超えて新たな生命を吹き込まれる可能性を提示しています。   



古今和歌集からの選歌


本作品に収録されている和歌は、『古今和歌集』からの冬歌です。原文は以下の通りです。


此河に もみぢばなかがる おく山の 雪げの水ぞ いまゝさるらし


現代語訳では「紅葉した葉が川を流れている。奥山の雪解け水が今もなお早く流れているようだ」となり、季節の移ろいと自然の動的な美しさを歌った作品です。



「古今和歌集忍草下絵和歌断簡」の詳細な考察


メトロポリタン美術館に所蔵の「古今和歌集忍草下絵和歌断簡」は、本阿弥光悦の芸術的才能と琳派の美学を凝縮した作品です。


この作品の「忍草」の意匠は、下絵として紙の上に描かれています。光悦は、平安時代から愛好されてきた雲母で文様を摺った料紙の美意識を、当時の感覚で斬新かつ洗練された形で再興させました 。金銀泥による下絵は、その豪華さと視覚的な効果によって、作品全体に深みと輝きを与えています。特に、金銀泥の効果は、光悦の技巧の頂点を示すものと評価されています。   


光悦の書は、その筆線の濃淡や太細の変化が著しく、装飾的である点が特徴です。彼は「散らし書き」という技法を巧みに用いており、これは文字をあたかも自然に散らしたかのように見せながら、実際には計算し尽くされた配置によって、下絵と呼応し、作品全体に独自の視覚的「リズム」を生み出しています。この散らし書きの巧みさは、光悦の書の特質であり、大胆な装飾性だけでなく、鋭く張りつめた筆致からは彼の真摯な信仰心も感じ取ることができます。   


書と下絵の視覚的な統合は、この作品の最も重要な側面の一つです。光悦の書は、下絵の構図やモチーフと見事な調和を醸し出し、文字が絵画の一部として機能しています。文字の「リズム」は下絵の地によって強調され、その調和の絶妙さは光悦において比類がないと評されています。このように、書と絵が互いを引き立て合い、一体となって一つの美の世界を創り出している点が、琳派の芸術の真髄であり、この作品の大きな魅力となっています。   


「忍草」という下絵のモチーフの選択は、作品に象徴的な意味合いを加えています。シダ植物、特に忍草は、日本の自然において生命力、永続性、そして静謐な美しさを象徴することが多いです。また、『古今和歌集』の和歌は、四季の移ろいや自然の情景を詠んだものが多く、自然と人間の感情との繋がりを深く表現しています。したがって、「忍草」のモチーフは、和歌が持つ自然への敬愛や季節の移ろいの描写と視覚的に共鳴し、作品全体に深遠な叙情性を付与していると考えられます。この視覚的なモチーフと文学的テーマの連動は、琳派が古典的な題材を単に再現するのではなく、新たな解釈と表現によって再活性化させる手法の一例であり、見る者に多層的な美意識の体験を提供します。




金銀刷檜絵忍草下絵和歌巻断簡
金銀刷檜絵忍草下絵和歌巻断簡 本阿弥光悦書 Title: Waka Poem from Collection of Poems Ancient and Modern with a Design of Moss Ferns Artist: Calligraphy by Hon'ami Kōetsu (Japanese, 1558–1637) Period: Edo period (1615–1868) Date: early 17th century Culture: Japan Medium: Section of a handscroll mounted as hanging scroll; ink on paper with decoration printed in gold and silver Dimensions: Image: 12 5/8 × 15 3/16 in. (32.1 × 38.5 cm)Overall with mounting: 45 1/4 × 20 1/2 in. (115 × 52.1 cm)Overall with knobs: 45 1/4 × 22 3/8 in. (114.9 × 56.8 cm) Classification: Paintings https://www.metmuseum.org/art/collection/search/845139



参考





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