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日本の植物学の基礎を築いた人物の一人である三好学の花菖蒲図譜

  • 執筆者の写真:  JBC
    JBC
  • 2024年5月4日
  • 読了時間: 6分

更新日:1月26日


日本の植物学の黎明期に活躍した三好学は、植物生理学や生態学の研究で知られるだけでなく、桜と花菖蒲の研究の第一人者としても有名です。数多くの著作を残した三好学ですが、その中には、美しい花菖蒲の絵を精緻に描いた「花菖蒲図譜」があります。本稿では、三好学の生涯と業績を概観した上で、この図譜について詳しく解説していきます。



三好学の生涯と業績


三好学は、1862年(文久元年)に岐阜県に生まれました 。東京帝国大学理科大学植物学科を特待生として卒業後、一旦岐阜県に戻り、土岐学校(現・瑞浪市立土岐小学校)の教員及び校長を務めました 。その後、大学院に進み、地衣類の解剖を研究、1891年にはドイツに留学し、ライプチヒ大学でプフェッファーに師事して植物生理学を学びました 。帰国後の1895年(明治28年)5月には帝国大学教授に就任し、理学博士の学位を取得しました 。日本の植物生理学、生態学研究の礎を築いた三好学は、近代的な植物生理学、植物生態学を日本に導入した人物として知られています 。   


三好学の研究対象は、地衣類、セキショウ属、硫黄細菌、鉄細菌、樹木の根圧、植物の病理、サクラ、ハナショウブと多岐にわたりました 。その研究成果は100編以上の論文として発表され、100冊以上の著書にまとめられました 。   


研究活動以外にも、植物学の普及教育に尽力したほか 、「景観」  や「天然記念物」  などの言葉を生み出し、日本の文化や学問に大きな影響を与えました。特に、「天然記念物」という言葉は、留学先のドイツで知った「Naturdenkmal」の保護の状況を紹介する際に、その訳語として考案したものです 。この「記念物(デンクマール:denkmal)」の概念は、その後、天然記念物だけでなく、文化遺産や歴史的建造物などにも適用され、保護の対象を広げる役割を果たしました。天然記念物保存事業の主唱者としても活躍した三好学は、これらの活動から、環境保護の先駆者とも称されています 。   


加えて、三好学は希少植物の保存活動にも尽力し、1918年(大正7年)に徳川義親が設立した徳川生物学研究所の評議員も務めました 。   




花菖蒲図譜について


作成の背景と目的


三好学は、日本の植物学の基礎を築くとともに、桜と花菖蒲の研究の第一人者としても知られていました 。花菖蒲図譜は、その研究の一環として作成されたと考えられます。   


美しい図譜を通して、花菖蒲の魅力を広く伝え、その保護にも貢献しようとしたのかもしれません。また、三好学は自身の著作物について「私の著作物を重ねると私の身長を越える。」と述べていたように 、多くの著作物を残し、植物学の普及にも尽力していました。花菖蒲図譜も、その活動の一環として、花菖蒲の知識を広めるために作成された可能性があります。   



出版状況


花菖蒲図譜は、1922年に芸艸堂から出版されました 。芸艸堂は、明治22年(1889年)に創業した、京都の老舗出版社です。木版画の技術を活かした、美術書や画集の出版で知られています。花菖蒲図譜も、芸艸堂の高い印刷技術によって、美しい図譜として完成しました。国立国会図書館デジタルコレクションに収蔵されており、オンラインで閲覧することができます 。また、明治38年(1905年)には帝国図書館の蔵書であったことがわかっています 。   



収録されている花菖蒲の種類と特徴


花菖蒲図譜には、およそ100種類の花菖蒲が描かれています 。野生種から江戸系、肥後系、伊勢系などの園芸品種まで、多様な花菖蒲が収録されており 、その中には、「霓裳羽衣」や「紅葉の瀧」など、現在も人気のある品種も含まれています。   

   


図譜の特徴


花菖蒲図譜の絵は、画家・画工の佐藤醇吉によって描かれました 。佐藤醇吉は、明治から昭和にかけて活躍した、植物画を得意とする画家です。三好学の「桜花図譜」も手掛けており、植物画の分野で高い評価を得ています。彼の描く植物画は、写実性と芸術性を兼ね備えており、植物の細部まで正確に描写しつつ、その美しさを最大限に引き出しています。   


花菖蒲図譜においても、佐藤醇吉の持ち味が遺憾なく発揮されています。花弁の繊細な模様や、葉脈の細かな起伏まで、丁寧に描き込まれており、花菖蒲の生き生きとした姿が表現されています。また、背景の色使いや構図にも工夫が凝らされており、図譜全体から、植物学者としての三好学の厳密さと、芸術家としての佐藤醇吉の感性が融合した、高い芸術性が感じられます。




花菖蒲図譜の価値


学術的価値


花菖蒲図譜は、当時の花菖蒲の品種や特徴を知る上で貴重な資料です 。品種改良の歴史や、花菖蒲の多様性を研究する上で、重要な手がかりとなります。例えば、江戸時代に育種された品種の特徴を、図譜と現在の品種を比較することで明らかにすることができます。また、図譜に描かれた花菖蒲と現在の品種を比較することで、品種の変遷を明らかにすることも可能です。   



文化的価値


花菖蒲は、古くから日本人に愛されてきた花であり、多くの文化や芸術作品に描かれてきました。花菖蒲図譜は、日本の伝統園芸文化を伝える重要な資料と言えるでしょう 。また、図譜を通して、花菖蒲の美しさや多様性を再認識することができます。   



芸術的価値


花菖蒲図譜は、写実性と芸術性を兼ね備えた、優れた植物画集です。佐藤醇吉の精緻な描写と鮮やかな色彩は、現代においても高い評価を受けています 。図譜は、植物学的な資料としての価値だけでなく、芸術作品としての価値も高く評価されています。   


  


三好学の他の植物図譜や著作


三好学は、花菖蒲図譜以外にも、多くの植物図譜や著作を残しています。代表的なものとしては、「桜花図譜」と「日本植物景観」があります 。   



桜花図譜


「桜花図譜」は、1921年に芸艸堂から出版された、佐藤醇吉を中心とする画工が描いた桜の図譜です 。解説書である「桜花概説」も出版されており、合わせて読むことで、桜の品種や特徴、文化的な背景などを深く理解することができます 。   



日本植物景観


「日本植物景観」は、1905年から1914年にかけて丸善から出版された、日本の植物の景観を写真と解説で紹介した書籍です 。この中で、三好学は「景観」という言葉を生み出しました 。日本の自然の美しさや多様性を、植物学的な視点から解説した、先駆的な著作と言えるでしょう。   



結論


三好学の花菖蒲図譜は、植物学、文化、芸術のあらゆる面から見て貴重な資料です。花菖蒲の美しさと多様性を伝えるとともに、日本の伝統園芸文化を後世に伝える役割を担っています。三好学の植物学への情熱、そして日本の自然と文化に対する深い愛情が、この美しい図譜を生み出したと言えるでしょう。







三好学 著『花菖蒲図譜』1,芸艸堂,大正11. 国立国会図書館デジタルコレクション https://dl.ndl.go.jp/pid/12395148






三好学 著『花菖蒲図譜』2,芸艸堂,大正11. 国立国会図書館デジタルコレクション https://dl.ndl.go.jp/pid/12395149






三好学 著『花菖蒲図譜』3,芸艸堂,大正11. 国立国会図書館デジタルコレクション https://dl.ndl.go.jp/pid/12395150






三好学 著『花菖蒲図譜』4,芸艸堂,大正11. 国立国会図書館デジタルコレクション https://dl.ndl.go.jp/pid/12395151






参考



三好学の花菖蒲図譜 | NDLイメージバンク | 国立国会図書館


三好学|近代日本人の肖像 - 国立国会図書館




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