招霊木(オガタマノキ)は、モクレン科モクレン属に属し、日本に自生するモクレン科植物の中では、唯一の常緑樹です。常緑高木です。学名はMagnolia compressaで、かつてはオガタマノキ属(Michelia)に分類され、Michelia compressaという学名でした。これは、ミケリア属がモクレン属に統合されたためで、近年の分子系統学的研究に基づく分類体系の見直しによるものです。
原産地は中国雲南省、台湾、琉球諸島、日本の南西部で、韓国にも導入されています。日本では関東地方南部以西の本州、四国、九州、南西諸島に分布し、暖地の沿岸域に自生しています。

形態的特徴
招霊木は、樹高10~15mになる中高木です。野生では17mに達することもあります。樹皮は灰褐色で滑らかです。葉は互生し、長楕円形または倒卵状長楕円形で、長さ5~7cm、幅2~3cmです。葉は革質で光沢があり、表面は濃緑色で、裏面は淡緑色です。
花は5~6月に、葉腋に単生し、直径3cmほどの黄白色の花を咲かせます。花被片は12枚で、外側の3枚は萼片状で小さく、内側の9枚は花弁状で大きいです。花には芳香があり、特に夜に強く香ります。果実は袋果が集まった集合果で、長さ3~5cm、野生では10~11月に熟します。個々の袋果は楕円形または卵形で、長さ1.5~2cm、背面で裂開し、中に2~4個のピンク色の種子が入っています。
近縁種の中で、中国原産の唐種招霊(カラタネオガタマ(別名: 唐招霊 トウオガタマ)、学名: Magnolia figo)は、日本でも庭木や生け垣としてよく植栽されています。招霊木のように大きくはならず、花にはバナナに似た強い香りがあります。

生態的特徴
招霊木は、暖地の沿岸域に自生する常緑高木です。照葉樹林の構成種として、タブノキやスダジイなどと共に生育します。湿り気のある、腐植質に富んだ、水はけの良い土壌を好みます。半日陰を好みますが、日当たりが良くても生育できます。生育に適した気温は5~35℃です。
招霊木は、鉢植えで栽培することもでき、冬の間は室内に取り込むことができます。
開花時期は5~6月で、花には芳香があります。結実時期は野生では10~11月です。成長速度は、適切な場所に植えれば、年間平均30~60cmです。
寿命
招霊木の寿命は明確には分かっていませんが、モクレンの仲間は一般的に長寿です。
かつて京都府・出雲大神宮には、樹齢1500年以上と推定される招霊木がありましたが、倒木の恐れで伐採し、今はその苗木が植樹されているようです。
京都府 出雲大神宮
利用方法
招霊木は、その有用性から、様々な形で利用されてきました。
木材としての利用
招霊木の木材は、緻密で堅く、光沢があり、耐久性に優れています。建築材、家具材、器具材、彫刻材などとして利用されます。
建築材:床柱、建具などに用いられます。
家具:テーブル、椅子、箪笥など、様々な家具に利用されます。
器具材:木製の道具や日用品の材料として使われます。
彫刻材:その緻密さから、細かな彫刻にも適しています。
観賞用としての利用
招霊木は、常緑で光沢のある葉と、芳香のある美しい花を持つため、観賞用として庭園や公園に植栽されます。また、生垣や鉢植えにも利用されます。
薬用としての利用
モクレン属の植物は、薬用として利用されることがあります。例えば、中国では、コウボク(厚朴、Magnolia officinalis)の樹皮が、漢方薬として健胃、整腸、鎮咳、去痰などの目的で用いられています。モクレンの樹皮は、伝統中国医学では睡眠補助剤としても使用されています。
モクレン属は、一般的に短期間の使用であれば安全ですが、6週間を超える使用の安全性は不明です。ある研究では、胸焼け、手の震え、性的問題、甲状腺の問題を経験した人がいました。また、極度の疲労感と頭痛を経験した人もいました。
アロマセラピーでの利用
モクレン属の花の香りは、アロマセラピーにも利用されます。その芳香には、リラックス効果、ストレス軽減効果、安眠効果などがあるとされています。
文化的側面
神話や伝説
日本では、招霊木は神聖な木とされ、神社などに植えられています。特に、天岩戸神話に登場する天香山には、招霊木が生えていたとされています。また、招霊木は、神霊を招く木として、招霊木(オガタマノキ)という名前が付けられたと言われています。
宗教との関わり
招霊木は、神道において神聖な木とされています。神社の境内や神棚に供えられることも多く、神事にも用いられます。
神道儀礼における役割
『古事記』712年成立版に記される天岩戸隠れ神話において、招霊木は神事の中心道具として機能しました。アメノウズメ命が天香具山より採取した枝葉を手に舞ったことで、隠れた天照大神を外界へ誘導する役割を果たしました。この儀式行為は「招霊(おきたま)」の語源解釈に直結し、後世の神楽舞における鈴の原型となりました。現代では榊や姫榊が代用される傾向にありますが、出雲大社などの由緒ある神社では現在も神事に用いられる例が残ります。
鹿児島県薩摩川内市の石神神社は、樹齢800年を超え、幹周6.7mの招霊木を有しています。この個体は1923年に国の特別天然記念物に指定され、地元では「永利の招霊木」として崇敬を集めています。社伝によれば、鎌倉時代初期に島津氏の祖・忠久が当社を創建した際、既に巨木が存在したと記録されています。花弁の紅紫色が濃く出る特徴を持ち、2月下旬の開花期には神前に供花されます。
愛媛県伊予市の高野川神社では、樹齢200年以上の招霊木3本が県指定天然記念物として現存しています。最大個体は胸高幹周2.8m・樹高23mに達し、社殿を囲むように四方に配置されています。2016年の豪雨で1本が倒伏しましたが、残存する3本は樹勢良好です。同社では毎年10月の例祭で実を神楽鈴に見立てた舞が奉納されます。
京都市上京区の白峯神宮には、樹齢800年と推定される招霊木が京都市指定天然記念物として鎮座しています。地際で2幹に分岐し、胸高幹周は各2.42m・2.51mを計測します。飛鳥井家屋敷跡に植えられた庭木の名残とされ、蹴鞠道の守護神としての性格を反映しています。樹冠幅18mに及ぶ枝張りは京都随一の規模を誇ります。
伊勢神宮外宮の豊受大神社では、天岩戸神話の再現神事において招霊木の小枝が使用されます。アメノウズメ命が舞った故事に倣い、毎年12月の大祓式で神職が枝を手に神楽を奉納します。この儀式は『延喜式』巻八に記述が確認され、平安時代中期から連綿と継承されています。
平安期の神事規定 『延喜式』927年編纂の神名帳には、22社にオガタマノキ供進の記録が残ります。伊勢神宮外宮の豊受大神社では月次祭(つきなみのまつり)毎に枝葉3本を神饌として奉献する規定が明文化され、当時の供給源として伊勢市大湊町に専用植林地が存在しました。
招霊木が御神木となる多くの神社で、樹木が本殿の北東(鬼門)方向に植栽される傾向が確認されます。これは陰陽道における「木の気」を調整する意図と解釈され、出雲大社摂社の神魂伊能知比売神社では、高さ15mの招霊木が鬼門除けの役割を担っています。
奈良県桜井市の纒向遺跡(3世紀)から出土した祭祀用木製品の年輪同定結果によれば、招霊木材使用率が23.4%に達します。特に直径5cm前後の円筒形器物は、現代の神楽鈴と形状が酷似し、古代祭祀との連続性を立証します。
鎌倉期の武家文化との融合 源頼朝が1186年に洲崎神社(館山市)で行った安産祈願の記録(『吾妻鏡』)には、招霊木の葉を敷いた産褥の描写が確認されます。この慣習は北条政子の出産成功後、関東武士階級に広く普及し、現在も千葉県南部の神社で「安産葉守り」として継承されています。
江戸期園芸文化の隆盛 寛永年間(1624-1644)の『花壇地錦抄』に初めて庭木としての招霊木が記載されます。徳川光圀が水戸偕楽園に植栽した個体は現存し、樹高8.2m・幹周2.1mを測定します。当時の大名家では「招霊の効能」を期待し、庭園の北東隅への植栽が流行しました。
保全状況
招霊木は、IUCNのレッドリストでは、データ不足(DD)に分類されています。しかし、韓国では絶滅危惧種に指定されており、生育地の減少や環境の変化によって、個体数が減少している可能性があります。
モクレン属の植物の保全活動は、世界各地で行われています。例えば、メキシコでは、絶滅の危機に瀕している5種のモクレンの保全プロジェクトが実施され、自生地の調査、収集、増殖、強化などが行われています。また、中国では、絶滅危惧種のモクレン・シニカ(Magnolia sinica)の種子の長期保存と利用に関する研究が行われており、従来のシードバンクと凍結保存の両方が有効な保全方法であることが示唆されています。これらの保全活動は、招霊木の保全にも役立つ可能性があります。
まとめ
招霊木は、モクレン科モクレン属の常緑高木で、東アジアの暖地に分布しています。美しい花と芳香、そして神聖な木としての文化的側面を持つことから、観賞用、木材、薬用など、様々な用途で利用されてきました。しかし、生育地の減少や環境の変化によって、個体数が減少している可能性があり、保全活動が求められています。
招霊木は、日本において古くから神聖な木として崇められてきました。その文化的、宗教的な重要性は、保全の必要性をさらに高めています。
